裁量労働制とは、一定の業務に携わる労働者について、労働時間を実労働時間ではなく、あらかじめ企業と労働者間で定めた労働時間(みなし労働時間)で計算することを認める制度です。
国会でも大きな話題となった裁量労働制は、すでに一部の職種において採用されている仕組みですが、この制度には負の側面があり、否定的な意見も多く聞かれます。一方、現代における就業意識の変化や業務内容の多様化に対応するためには、労働者の裁量に委ねる方法が適当であるという考え方もあります。
本稿では、裁量労働制の仕組みや、メリット、デメリット、問題点について解説します。
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目次
1. 裁量労働制とは
裁量労働制とは、一定の業務に携わる労働者について、労働時間を実労働時間ではなく、あらかじめ労使協定で定めた「みなし労働時間」で計算することを認める制度です。
業務遂行の手段や方法の選択、時間配分の決定については労働者の裁量に委ねられ、企業側は具体的な指示はしません。能力主義・成果主義の考え方に基づき、成果を重視し、業務の効率化や生産性の向上を図ることを目的としています。
企業側としては残業代の削減が期待できるため、経済界からは業種拡大の要請が強く出ています。
1-1. みなし労働時間とは
みなし労働時間とは、あらかじめ労使間で「1日にこれだけ働いたことと見なす」と定めた労働時間です。実際にはその時間と合致しなくても、定めた労働時間分の賃金が支給されます。
裁量労働制と混同しやすい制度に、変形労働時間制やみなし労働時間制がありますが、裁量労働制は対象となる業務が限定されている点で他と異なっています。
1-2. 専門業務型と企画業務型
裁量労働制には、専門業務型裁量労働制と企画業務型裁量労働制の2種類があり、対象となる業務や制度を導入する際の手続きが違います。2、3章で詳しく見ていきましょう。
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2. 専門業務型裁量労働制
専門業務型裁量労働制は、1987年の労働基準法改正で導入されました。業務の進め方や、業務にかける時間の配分を労働者に委ねることが必要と認められる業務が対象です。当初の適用範囲は11業務でしたが、現在では19業務にまで拡大しています
2-1. 専門業務型裁量労働制の対象となる業務
専門業務型裁量労働制の対象となる業務は以下のとおりです。
(1)新商品や新技術の研究開発、人文・自然科学に関する研究
(2)情報処理システムの分析または設計
(3)新聞・出版や放送番組制作のための取材・編集
(4)衣服、工業製品などのデザインの考案
(5)放送番組や映画などのプロデューサー、ディレクター
(6)コピーライター
(7)システムコンサルタント
(8)インテリアコーディネーター
(9)ゲーム用ソフトウェアの創作
(10)証券アナリスト
(11)金融商品の開発
(12)大学における教授研究
(13)公認会計士
(14)弁護士
(15)建築士
(16)不動産鑑定士
(17)弁理士
(18)税理士
(19)中小企業診断士
研究開発、クリエイティブ職、資格職など専門性の高い業務は、時間をかければ良い成果が出るわけではなく、また、上司がやり方を指示すれば達成できるものでもありません。成果と時間や手段が連動しないような上記19業務に限定して、専門業務型裁量労働制が認められています。
2-2. 専門業務型裁量労働制の導入手続き
企業が専門業務型裁量労働制を導入する場合、必要な手続きは以下の通りです。
参考)厚生労働省・都道府県労働局・労働基準監督署「専門業務型裁量労働制の解説」,
https://www.mhlw.go.jp/content/001166653.pdf
労使協定は、労働者の過半数以上によって構成される労働組合、労働組合がなければ労働者の過半数以上を代表する者と行います。
なお、労使協定を締結しただけでは労働者へ専門業務型裁量労働制を適用する労働契約上の根拠にはならないため、就業規定などで定める必要があります。
3. 企画業務型裁量労働制
企画業務型裁量労働制は、1998年の法改正により、企業経営に関わる企画・調査・分析などの業務に携わる一部の職種に認められました。
3-1. 企画業務型裁量労働制の対象となる業務
企画型裁量労働制で対象となる業務は以下の通りです。
・事業の運営に関する事項についての業務
・企画、立案、調査および分析業務
・当該業務の性質上、適切に遂行するためには、その遂行の方法を大幅に労働者の裁量に委ねる必要がある業務
・当該業務の遂行手段および時間配分の決定などについて、使用者が具体的な指示をしないこととする業務
具体的な業務については、厚生労働省の「労働基準法第38条の4第1項の規定により同項第1号の業務に従事する労働者の適正な労働条件の確保を図るための指針」[1]に例示されています。
企業全体の計画の策定や企画・立案に関わるような業務が対象であり、部署ではなく個々の労働者の業務で判断します。また、対象となる労働者は業務を適切に遂行するための知識や経験を有し、常勤であることが必要です。
3-2. 企画業務型裁量労働制の導入手続き
企画業務型裁量労働制を導入する場合の流れは以下の通りです。
参考)東京労働局・労働基準監督署「企画業務型裁量労働制の適正な導入のために」,https://jsite.mhlw.go.jp/tokyo-roudoukyoku/library/tokyo-roudoukyoku/jikanka/201221613571.pdf
企画型裁量労働制は、専門業務型裁量労働制と比べ、対象となる業務の判断が難しく、対象とならない労働者に濫用される懸念があります。このため導入に当たっては、労使協定ではなく労使委員会を設置する、対象となる労働者の同意を得るなど、専門業務型裁量労働制よりも手続きが厳格になっています。
4. 裁量労働制のメリット、デメリット
裁量労働制を導入するには煩雑とも思える手続きが必要です。それでも導入により、次のようなメリットが期待できます。
業務の効率化、生産性の向上
業務の進め方や時間の使い方を労働者の裁量で決めることができるため、自身の知識や経験を生かし、効率的に業務をこなすことができます。
ワークライフバランスの実現
時間管理を任されているので、業務の進行や度合いに合わせて時間をうまく使うことができます。
残業代の削減
みなし労働時間が8時間(法定労働時間)以内の定めであれば、日勤時間帯に法定労働時間を超過しても企業側には残業代を支払う必要がなくなります。
企業にとって最も大きなメリットは「残業代の削減」でしょう。しかし、深夜時間帯や休日の勤務については割増賃金の支払いが発生します。労働時間の管理が不要になるわけではありません。
ここで注意しなければならないのは、「業務の効率化、生産性の向上」、「ワークライフバランスの実現」は、業務量や内容に合った、みなし労働時間が設定されていることが前提であるという点です。
実労働時間とみなし労働時間にギャップがある場合、次のようなデメリットを生むことになります。
実労働時間に賃金が見合わない
みなし労働時間で賃金が設定されているため、みなし労働時間が8時間以内かつ日勤時間帯であれば、法定労働時間を超えても超過分の賃金は支払われません。
長時間労働が常態化する恐れ
みなし労働時間で設定された労働時間が実際の業務量や内容に見合っていないと、業務をこなすために長時間労働が常態化する恐れがあります。
労働者の健康問題
長時間労働は、労働者の心身の健康を損ない、うつ病などを引き起こす原因になります。
残業代への対応
みなし労働時間を定めいても、深夜時間帯や休日に勤務した場合は割増賃金が発生します。長時間労働と関連して深夜や休日勤務が増えれば、企業はその分の残業代が増加することになります。
裁量労働制は、導入時に業務内容を見直した上で、実態に合ったみなし労働時間を設定し、適切に運用すればメリットのある制度といえるでしょう。
一方で、残業代を削減できるからと安易な考えで導入すると、実労働時間とみなし労働時間とに差が生じ、労働者に長時間労働や超過労働時間分の「ただ働き」を強いることになります。
裁量労働制の実態や問題点を、次章で見ていきましょう。
5. 裁量労働制の問題点
裁量労働制度の問題点については、「定額働かせ放題」という言葉が端的に表しています。
例えば、1日のみなし労働時間を8時間とした場合、日勤時間帯に8時間以上仕事をしても残業代は支給されません。企業側からすれば、何時間残業させても残業代を支払わずに済む都合の良い制度となってしまいます。
企業側がこの点を悪用すれば到底8時間では終わらない仕事を労働者に課し、毎日長時間労働を強いることも可能となるわけです。
以下は、1カ月の実労働時間に関する調査結果です。
参考)労働政策研究・研修機構「裁量労働制等の労働時間制度に関する調査結果 労働者調査結果」,
http://www.jil.go.jp/press/documents/20140630_125.pdf
裁量労働制の労働者の実労働時間は、この制度が適用されない通常の労働者の労働時間と比べて長いことが分かります。
また、裁量労働制では、業務の時間配分は労働者の裁量に委ねられ、企業側は具体的な指示をしないことになっていますが、実態はどうなのでしょうか。それを示しているのが次のグラフです。
参考)労働政策研究・研修機構「裁量労働制等の労働時間制度に関する調査結果 労働者調査結果」,
http://www.jil.go.jp/press/documents/20140630_125.pdf
出退勤の時間を指示されている労働者は、専門業務型、企画業務型どちらの裁量労働制でも4割を超えています。
皮肉なことに、労働者の裁量で時間配分を決定できるという点で最も自由に時間を使えるはずの裁量労働者よりも、「コアタイム」という制約を伴う場合が多いフレックスタイム制の方が出退勤については自由であるという結果が出ています。
出典)労働政策研究・研修機構「裁量労働制等の労働時間制度に関する調査結果 労働者調査結果」,
http://www.jil.go.jp/press/documents/20140630_125.pdf
通常の働き方よりも裁量労働制の方が、裁量労働制では企画業務型よりも専門業務型の方が長時間労働、休日・深夜労働をしていることが分かります。
時間超過分の割り増し賃金や、休日・深夜勤務手当がきちんと支給されているのかも注意すべき問題です。
以下は裁量労働制による生活への影響を示したグラフです。
参考)労働政策研究・研修機構「裁量労働制等の労働時間制度に関する調査結果 労働者調査結果」,
http://www.jil.go.jp/press/documents/20140630_125.pdf
ワークライフバランスの重要性が叫ばれているにもかかわらず、正反対の実態が読み取れます。「定額働かせ放題」といわれるゆえんでしょう。
業務の効率化と生産性の向上が目的であるはずの裁量労働制は、適切に運用されないと労働者に過重な負担を強いることになります。
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6. まとめ
裁量労働制とは、一定の業務に携わる労働者について、労働時間を実労働時間ではなく、あらかじめ労使協定で定めた「みなし労働時間」で計算することを認める制度です。
専門業務型裁量労働制と企画業務型裁量労働制の2種類があります。両者のおおまかな違いは、以下の通りです。
専門業務型 | 企画業務型 | |
対象業務 | 研究職、クリエイティブ職などの専門性の高い19業務 | 企業経営に関わる企画・調査・分析などの業務 |
導入手続き | 労使協定を締結する | ・労使委員会で決議する ・具体的内容について労使委員会の4/5の決議が必要 |
労働者に周知 | 対象労働者の同意を得る |
裁量労働制のメリット・デメリットには次のようなことがあります。
メリット
・業務の効率化、生産性の向上
・ワークライフバランスの実現
・残業代の削減
デメリット
・実労働時間に賃金が見合わない
・長時間労働が常態化する恐れ
・労働者の健康問題
・残業代への対応
労働者への調査で、裁量労働制の方がそうではない通常の働き方の労働者に比べて長時間労働、休日・深夜労働をしているという結果が出ています。
裁量労働制は、適切に運用されれば、業務の効率化やワークライフバランスの実現が期待できます。導入に当たっては実態に見合ったみなし労働時間を設定し、労働者にとって過度な負担とならないように十分配慮する必要があります。
残業代の削減を目的とせず、労働者の側に立ち、より良い成果を出すための働きやすい環境づくりの一環として裁量労働制を活用していきましょう。
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[1] 厚生労働省「労働省告示第149号」,1999年12月27日公表,https://www.mhlw.go.jp/www2/info/download/19991227/bet3p.pdf
参考)
厚生労働省「労働基準法第38条の4第1項の規定により同項第1号の業務に従事する労働者の適正な労働条件の確保を図るための指針」1999年12月27日労働省告示第149号
https://www.mhlw.go.jp/www2/info/download/19991227/bet3p.pdf
改正:2003年10月22日厚生労働省告示第353号
http://www.joshrc.org/~open/files/20031022-001.pdf