「人手不足でも、競争力を高めていけるフレームワークを知りたい」
多くの企業が人手不足という課題に直面する中、従業員一人一人の能力を向上させ、有効活用すること、すなわち人的資源管理(HRM:Human resource management)の重要性が高まっています。
人的資源管理には、Ability(能力)、Motivation(意欲)、Opportunity(機会)という3要素から従業員にアプローチすることでパフォーマンスの向上につながるという考え方が存在します。
これが「AMO理論」と呼ばれる、組織の競争優位性を高めるフレームワークです。
AMO理論の実証的検証は、この20年ほどで既存研究において進められており、一定の支持的な結果が得られています[1]。
人的資源管理の代表的なモデルであるAMO理論は、戦略的に人事施策を打ち出したいと考える人事担当者が学んでおくべきフレームワークの1つといえるでしょう。
この記事では、AMO理論の考え方とその実践方法について詳しく解説します。さらに、自社の経営課題解決のためにAMO理論を活用した企業事例も併せて紹介します。人材育成を効率的に行いたい企業の方は、ぜひ参考にしてください。
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AMO理論とは?
まずAMO理論の定義と、人的資源管理や人的資本経営といった経営戦略との関連性について解説します。
AMO理論の定義:能力・意欲・機会の3要素が従業員のパフォーマンスを向上させる
AMO理論は人的資源管理の理論の1つであり、AMOは「Ability(能力)」「Motivation(意欲)」「Opportunity(機会)」の頭文字を表しています。この理論において、従業員が最大限のパフォーマンスを発揮するためには、以下の3要素が不可欠であると定義されています。
Ability(能力) | 仕事に必要な知識、スキル、経験 |
Motivation(意欲) | 仕事に対する意欲、やる気、モチベーション |
Opportunity(機会) | 能力を発揮し、意欲的に仕事に取り組める環境や機会 |
AMO理論では、これら3要素が相互に関連し合い、従業員のパフォーマンス向上に寄与すると考えられています。
AMO理論に注目すべき理由:人的資源管理における役割と重要性
AMO理論は、企業が人材を経営資源として捉え、採用、育成、配置、評価、報酬などを通じて、人材の持つ能力を最大限に引き出し活用するための仕組み、すなわち人的資源管理において多くの企業で用いられているフレームワークです。
個々の能力を高め、意欲を引き出し、能力を発揮する機会を提供することで、企業価値の向上や競争優位性の確立を図ります。
一方で、近年は人材を「資源」として活用するという人的資源管理の観点に基づいたマネジメントから、人材を「資本」と見なして投資する人的資本経営への転換が求められています。
国内では、2023年に有価証券報告書などを提出する企業に対して人的資本の情報開示が義務付けられており、人的資本経営への取り組みは避けては通れないものとなりました。
人的資本経営は、従業員一人一人の能力を最大限に引き出し、企業の成長につなげていくことを目指します。
人的資本経営と人的資源管理は人材の捉え方は違いますが、従業員の能力を引き出し、企業の成長につなげる点に変わりはありません。そのため、どちらの場合においても、この3要素からのアプローチが有効であるといえます。
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人的資源管理の代表的な4つのモデル
AMO理論以外にも、人的資源管理における代表的なモデルが存在します。主なモデルは以下の4つです。
ミシガンモデル
ミシガンモデルは、1980年代にアメリカ・ミシガン大学の研究をベースに生まれ、「人的資源管理は、経営戦略との整合性を見ながら実施すべき」という考え方を基礎とするモデルです。
採用と選抜、評価、人材開発、報酬といった人材マネジメントの各機能を具体的な戦略に落とし込むことで、個人と組織双方のパフォーマンス向上を目指します。
人的資源への注目とともに、経営戦略や組織構造といった経営面とのマッチングを重視している点が特徴です。
ハーバードモデル
1980年代にアメリカ・ハーバード大学の研究から生まれたハーバードモデルは、「人的資源管理は、従業員の能力や帰属意識を重視しつつ行うべき」という考え方に基づいています。
従業員への影響、人的資源のフロー、報酬システム、職務システムという4要素で構成され、従業員のスキルとコミットメントを高め、組織と個人の目標を一致させることを重視しています。
PIRK理論
PIRK理論は、高業績HRMの一種です。高業績HRMとは、高業績の企業が採用している育成・評価などの人的資源管理の方法を指します。AMO理論も、PIRK理論と並ぶ高業績HRMの代表的なモデルです。
PIRK理論は、「権限(Power)の委譲」「情報(Information)の共有」「公平な報酬(Reward)」「従業員に帰属する知識(Knowledge)」を重視します。従業員の公平感とコミットメントを高めることで、組織への帰属意識、モチベーション、そしてパフォーマンスの向上を目指します。
タレントマネジメント
経営目標達成のために、人的資源である人材の能力や資質(タレント)を最大限に活用しようとする手法です。人材の能力や資質などのデータを管理・分析して採用、評価、育成といった人事施策に反映することで、適材適所を実現し、人的資源の戦略的な活用を図ります。
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AMO理論を活用するメリット
次に、企業が人事戦略にAMO理論を取り入れる3つのメリットについて解説していきます。
企業と従業員の双方に利益をもたらす
AMO理論に基づいた人材マネジメントは、企業のみならず従業員にもメリットをもたらします。
企業側のメリットとして、従業員一人一人の能力が最大限に引き出されれば、生産性の向上や経営目標の達成につながることが挙げられます。また、従業員に成長の機会を提供することで、優秀な人材の確保や定着率の向上が実現し、より強固な組織の構築が期待できます。
従業員側のメリットとしては、自身の能力を生かす機会が与えられるため、仕事に対する満足感を得られることが挙げられます。さらに、能力の向上が自己成長の実感につながり、仕事へのモチベーションも高まるでしょう。
組織全体の活性化
AMO理論に基づき従業員の能力・意欲を高めて、能力を生かせる機会を積極的に提供することは、組織全体の活性化にもつながります。
従業員が能力を最大限に発揮し、高いモチベーションで仕事に取り組むことで得られる効果は生産性の向上だけではありません。
従業員同士が前向きな姿勢で関わり合うことで、職場のコミュニケーションが円滑になり、その中から新たなアイデアが生まれてイノベーションを創出する機会の増加が期待できます。このような創造的な組織風土の形成が、組織全体の活性化に貢献します。
企業競争力の向上
AMO理論に基づき、従業員の能力、意欲を向上させ、実力を発揮する機会を提供することは、結果として企業の競争力強化につながります。
AMO理論によって従業員のパフォーマンスが向上すると、より質の高い商品・サービスが生まれて、顧客満足度や企業のブランドイメージが高まります。
また業務に積極的に取り組む従業員が増え、彼らのチャレンジを後押しする組織風土がつくられることで、次々とアイデアが生まれ、急激な時代の変化にも対応しやすくなるでしょう。
さらに、人材育成に力を入れる企業として認知されることで、意欲的な人材が集まるようになります。AMO理論は個々の従業員の成長を促進するだけでなく、企業の持続的な成長と成功にも大きく貢献するのです。
AMO理論を構成する3要素の開発方法
それでは従業員の能力・意欲の向上、そして能力を生かす機会の提供を実践するには、具体的に何をすればよいのでしょうか。ここでは、3つの要素それぞれの開発方法を解説していきます。
Ability(能力):従業員のスキルや知識
AMO理論において、従業員の能力開発は重要な要素です。企業が競争優位性を確立・強化するためには、常に変化する社会のニーズに応じて、個々の従業員のスキルと知識を高めていかなくてはなりません。
従業員の能力開発には、大きく分けて「Off-JT(Off the Job Training)」「OJT(On the Job Training)」「eラーニング」「自己啓発」の4つの方法があります。
Off-JT | 職場を離れて行う研修やセミナーなど |
OJT | 実際の業務を通して行う指導や教育など |
eラーニング | インターネットを活用した学習システムによる学習 |
自己啓発 | 外部セミナーや読書など、従業員が主体的に選択・実施する学び |
これらの方法を自社の状況に応じて組み合わせることで、効率的に従業員の能力開発ができます。
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Motivation(意欲):従業員のやる気やモチベーション
従業員の意欲を高めるためには、彼らが仕事にやりがいや達成感を感じ、自発的に行動できる環境が必要です。
具体的には、「ジョブローテーション」「権限委譲」「プロジェクト参加」などの方法で、従業員が自身の個性や能力を生かせる機会を提供します。
ジョブローテーション | 定期的に部署異動を行い、さまざまな業務経験を積ませ、従業員のスキルアップやキャリア開発を促進 |
権限委譲 | 上司・リーダーが持つ権限と責任の一部を部下やチームメンバーに委譲し、従業員の主体性を高め、チャレンジ精神を養う |
プロジェクト参加 | 新規事業や改善活動などのプロジェクトへの積極的な参加を促し、従業員のスキルや知識を向上させ、成長意欲を高める |
こうした機会を十分に提供することで、従業員のモチベーションの維持・向上を図ります。
Opportunity(機会):従業員が能力を発揮できる環境
たとえ高い能力と強い意欲を持っていても、それを発揮する場がなければ、宝の持ち腐れになってしまいます。従業員が自身の能力や意欲を最大限に生かせる機会が必要です。
従業員にとって挑戦したり新たな役割を与えられたりすることは、自身の成長を実感できる機会となり、さらなる意欲が引き出されます。このように機会提供と意欲向上は密接に関係しており、それを促進する方法も重複する部分が多くあります。
例えば、意欲向上のための施策として紹介した、ジョブローテーション、権限委譲、プロジェクト参加は機会提供のための施策にもなります。その他、社内公募制度を充実させるなどの方法もあります。
ジョブローテーション | 定期的に異なる部署や職種を経験させることで、スキルや知識の幅を広げ、多様な経験を積む機会を提供 |
権限委譲 | 管理者が担う意思決定や責任の一部を他の従業員に委譲し、自律性や責任感などを高める機会を提供 |
プロジェクト参加 | 新規事業や改善活動などのプロジェクトへの参画を促し、挑戦意欲や問題解決能力などを高める機会を提供 |
社内公募制度 | 昇進や異動の希望を従業員自らが出せるようにして、キャリアアップや自己実現の機会を提供 |
これらの機会提供方法を組み合わせることで、従業員の能力・意欲を最大限に引き出して活用することができ、組織全体の活性化につながります。
AMO理論の実践のポイント
ここでは、AMO理論を活用して人材育成の成果を上げるために意識すべき2つのポイントについて解説します。
人材育成ニーズの絞り込み
AMO理論に基づいて人材育成を行う際、まずどの要素を重視するかを明確にすることが重要です。
能力・意欲・機会の3つの要素のうち、現状で最も不足している要素はどれか、どれを伸ばせば最も効果的にパフォーマンスが向上するかを見極めましょう。
例えば、基礎的な業務知識やスキルを持ち意欲的に業務に取り組むものの、業務内容はルーティンワーク中心といった従業員の場合、能力や意欲はあっても、それらを発揮する機会が不足している状態だと考えられます。
人材育成担当者は、能力や意欲を生かすための機会提供に焦点を当て、新しい業務に挑戦できるようなアサインを検討するとよいでしょう。
評価と改善のアクション
個々の従業員を、タスクごとの習熟度で正確に評価することも大切です。
従業員にはそれぞれ得意不得意があり、スキルレベルは業務におけるタスクごとに異なります。例えば、担当業務の中で資料作成が特に苦手という従業員がいたとします。その場合、資料作成の能力を上げるためには、資料作成ソフトの使い方を学べる研修やeラーニングの受講が必要です。
一方で、同じ従業員がチームワークにおいては高い能力を発揮していたとしましょう。チーム目標達成への積極性やメンバーへのサポートが十分であるなら、チームワークについての学びは優先度が低いといえます。
このようにタスクごとに習熟度を評価することで、従業員一人一人の強みと弱みを把握でき、効果的な育成プランの策定につながります。
AMO理論を実践している企業事例:株式会社明電舎の取り組み
国内外の社会インフラを支える電機メーカー、株式会社明電舎は創業120年以上という歴史があるが故に、イノベーションが起きにくい組織風土が課題でした。そこで同社が改革のために取り入れたのが、「AMOフレームワーク」によるイノベーション推進と人財育成です。
従来、同社の人財育成は電機メーカーとしての専門的な技術力を重視したものでした。しかし、イノベーションの創出には従業員が多様な経験を積むことが重要と考え、入社4~6年目にジョブローテーションを組み込みました。
さらに、新規事業のアイデアコンテスト「MEIANチャレンジ」を開催し、誰もが手を挙げられる機会を提供するなど、イノベーションへの関心と意欲を高める試みも行われています。
「多様な人財がイキイキと成長・活躍できる風土醸成」という重要課題の達成に向け、「Ability(能力)」「Motivation(意欲)」を高め、全ての従業員が活躍できる「Opportunity(機会)」を整備・提供するための人事施策が戦略的に実施されています。
まとめ
AMO理論は、従業員のパフォーマンス向上には「Ability(能力)」「Motivation(意欲)」「Opportunity(機会)」の3要素が不可欠であるという考え方です。
多くの企業の人的資源管理において活用されており、従業員の能力と意欲を高め、それを生せる機会を提供することで、企業価値の向上や競争優位性の確立を図ります。
AMO理論は、人的資源管理の代表的なモデルの1つです。その他のモデルとしては、主に以下の4つが挙げられます。
- ミシガンモデル
- ハーバードモデル
- PIRK理論
- タレントマネジメント
また昨今、日本企業でも注目されている人的資本経営においても、従業員一人一人の能力を最大限に引き出し、企業価値向上につなげていくという点で、AMO理論は重要な役割を担います。
AMO理論を活用するメリットは、主に以下の3つです。
- 企業と従業員の双方に利益をもたらす
- 組織全体の活性化
- 企業競争力の向上
AMO理論における3つの要素それぞれの開発方法は以下が挙げられます。
Ability(能力):従業員のスキルや知識
- Off-JT
- OJT
- eラーニング
- 自己啓発
Motivation(意欲):従業員のやる気やモチベーション
- ジョブローテーション
- 権限委譲
- プロジェクト参加
Opportunity(機会):従業員が能力を発揮できる環境
- ジョブローテーション
- 権限委譲
- プロジェクト参加
- 社内公募制度
AMO理論を実践するには、以下のようなポイントを意識する必要があります。
- 人材育成ニーズの絞り込み
- 評価と改善のアクション
最後にAMO理論を実践する企業として、株式会社明電舎の取り組みを紹介しました。
AMO理論を活用することで、従業員のパフォーマンス向上だけでなく、企業全体の活性化や競争力強化、従業員の定着率の向上にもつながります。ぜひ、自社の課題や状況に合わせて、AMO理論を人事戦略に取り入れてみてください。
[1] 竹内規彦「戦略的人的資源管理研究における従業員モチベーション─文献レビューと将来展望」,『日本労働研究雑誌』,No.684,7月号,2017年,P6(閲覧日:2024年9月24日)
参考)
人的資本経営コンソーシアム「人的資本経営コンソーシアム 好事例集」,https://www.meti.go.jp/policy/economy/jinteki_shihon/pdf/goodpractice2023.pdf(閲覧日:2024年9月24日)
株式会社HRビジョン「創業127年目の組織風土改革 明電舎に学ぶイノベーション人財の育て方」,『日本の人事部』,https://jinjibu.jp/article/detl/tonari/3534/(閲覧日:2024年9月24日)