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キャリア開発とは?企業のメリットや取り組み方法、企業事例を紹介

キャリア開発とは?企業のメリットや取り組み方法、企業事例を紹介

「キャリア開発は、自社にどんなメリットがあるのだろうか?」

「従業員のキャリア開発を後押しすると、離職率が上がってしまうのでは?」

キャリア開発は、従業員一人一人の主体的なキャリア形成を促し、実現を支援する取り組みです。急速に変化する社会の中で、キャリア自律の必要性が高まるとともに、企業にもそれを支える体制が求められつつあります。

しかし、キャリア開発は企業側へのメリットが見えづらく、自社からの従業員の離脱を誘発するのではないかという懸念を持つ人事担当者も少なくありません。

ところが、従業員一人一人に寄り添うキャリア開発は、むしろ企業の魅力を高めて優秀な人材を惹きつける有力な要素となっているのです。

本稿では、キャリア開発が注目される背景や得られるメリットから、なぜ企業にとってキャリア開発が重要であるかを解説します。また、キャリア開発の具体的な方法やポイント、企業の実践事例を紹介します。

キャリア開発について理解を深め、導入を後押しするヒントになれば幸いです。

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目次

1.キャリア開発とは

はじめに、キャリア開発という用語について簡単に確認しておきましょう。

1-1. キャリア開発は、中長期的な視点で一人一人のキャリア形成を支援すること

厚生労働省によれば、「キャリア」とは以下のように定義されています。

「キャリア」とは、過去から将来の長期にわたる職務経験やこれに伴う計画的な能力開発の連鎖を指すものです。「職業生涯」や「職務経歴」などと訳されます。[1]

つまり、企業にとってキャリア開発とは、従業員に対し中長期的な視点を持って職務のアサインメントや能力開発を計画的に行うことを言います。

ここで重要なのは、キャリアは一人一人異なるということです。従来、企業が従業員に対して実施する人材育成は、自社の業務遂行に必要な能力を身につけさせることが目的でした。キャリア開発はそうした画一的な社内教育とは異なり、個々の従業員がそれぞれの経験や志向に沿ってキャリアを積み上げることを、企業がサポートする取り組みです。

1-2. キャリア開発と人材開発の違い

キャリア開発と似た言葉に「人材開発」があります。人材開発とは、組織の成果向上を目的として個々の能力を最大化することです。

キャリア開発と背景や手法は重なるものの、人材開発は取り組みの目的および主体が企業にあるという点で異なると言えるでしょう。

 

1-3. キャリア開発とキャリア自律・キャリア形成・キャリアデザイン・キャリアパスとの違い

キャリア開発についてさらに理解を深めるため、似た用語を整理してみましょう。

キャリア自律

自身のキャリアに関心を持ち、主体的に考え学び続けること

キャリア形成

経験を通じてキャリアを積み上げること

キャリアデザイン

職業人としての理想と、そこに至る計画を描くこと。より広く「人生設計」との捉え方も

キャリアパス

キャリアアップに必要な業務経験やその順序を表したもの

まとめると、企業にとって「キャリア開発」とは、従業員の自律的な「キャリア形成」を支えるために、個々の「キャリアデザイン」を把握し、それを実現するための「キャリアパス」の設計・検討、実施をサポートしていくことと言えます。

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2.キャリア開発が求められる背景

キャリア開発はなぜ注目されているのでしょうか。背景には、以下のような社会変化が考えられます。

2-1. 激しく変化する事業環境

急速に進むグローバル化やデジタル化、また事業提携やMAの活発化など、ビジネスを取り巻く環境は刻々と変化しています。さらに、少子化による働き手不足DX推進に伴い、個人に求められるスキルはより多様に、より高度になっていると言えるでしょう。

変化が激しく不確実性の高い時代、企業が従業員に期待するのは、自律的にキャリアを開拓し、時には自ら新しい事業や領域を切り開く力ではないでしょうか。与えられた仕事をこなすだけでなく、変化に対応し自ら価値を生み続けられる人材を育てる必要があります。そのためには定型的なキャリアパスに留まらず、自律的なキャリア構築を支援することが必須となっているのです。

2-2. キャリアは自分でつくる時代に

終身雇用の慣行は薄れ人材の流動化が進んでいます。総務省の労働力調査によると、転職者数は2010年代を通して増加を続け、2019年には351万人と過去最多となりました。コロナ禍に落ち込んだものの2022年には再び300万人を超え、増加の傾向が見られます。[2]

一方で、人生100年時代というフレーズが話題になったように、各人の職業人としてのキャリアは長期化しています。

言い換えると、新卒で入社すれば生涯のキャリアが半ば自動的に形成されるような時代ではなくなりました。現在の所属組織の中だけではなく、中長期的な視点を持って自身の市場価値を高めるように、各人がキャリアを構築していく必要に迫られています。

企業側にしても、自社で雇用し続けることで従業員を守るという考え方は必ずしも時代にそぐわなくなっています。むしろ、従業員が自社に限らず社会で活躍できるように広い視野を持って支援することが、今後の企業の役割として求められるのではないでしょうか。

2-3. キャリア観や就業意識の多様化

個人のライフスタイルや労働に対する価値観は多様化しています。内閣府が公表したワークライフバランスについての調査では、「仕事」「家庭生活」「地域社会・個人の生活等」の三つについてどれを優先したいかを調べています。いずれの就労形態・性別でも、「『家庭生活』を優先」または「『仕事』と『家庭生活』をともに優先」の回答割合が高いという結果になりました。[3]

キャリアを考える上で、仕事だけではなく家庭や地域社会など人生全体を包括的に捉える「ライフキャリア」の観点が当たり前になってきました。子育てや介護といったライフベント、地方暮らしなどの生活環境の希望に応じ、転職やリモートワークに踏み切るケースも珍しくありません。

企業があらかじめ用意した画一的なキャリアパスでは、こうした多様な個人のキャリアに対応するのは困難です。従業員が生き生きとキャリアを築くには、一人一人の希望やライフスタイルに沿ったキャリアデザインが求められます。

2-4. 人的資本経営へのシフト

人材を資本と捉えて投資することで企業価値を高める「人的資本経営」は、世界的な潮流であり、これからの企業経営に必須となりつつあります。

生命保険協会の調査によると、中長期的な投資・財務戦略において、投資家は「人材投資」をもっとも重視するという結果が示されました。[4]

これは「IT投資(DX対応・デジタル化)」や「研究開発投資」を上回る割合であり、キャリア開発を含む人材への投資は、企業の価値に大きく関わることが分かります。


3.キャリア開発を行うメリット

従業員の希望に沿ったキャリア形成を支援することは、どのようなメリットをもたらすでしょうか。キャリア開発によって得られるメリットを、従業員側と企業側に分けて考えてみましょう。

3-1. 従業員にとってのメリット

まず、従業員にとっては以下のようなメリットが考えられます。

  • キャリアアップ・スキルアップを図ることができる
  • キャリアの見通しを持つことで不安が軽減される

キャリアアップ・スキルアップを図ることができる

キャリア開発では、個々のレベルや目標に沿った業務経験や能力向上の機会が提供されます。企業の環境やリソースを活用して個人の成長を図れる点は、その企業で働く従業員にとって大きなメリットです。

キャリアの見通しを持つことで不安が軽減される

キャリア開発は単なるスキル向上ではなく、従業員が自律的にキャリアに向き合い中長期的にキャリア形成することを支援します。自身の適性やなりたい姿、そのためにすべきことが可視化され、キャリアに関する不安を解消しやすいでしょう。

3-2. 企業にとってのメリット

従業員個人のキャリア形成を支援することで、場合によっては自社からの離職を促すことになるのではという懸念もあるかもしれません。しかし、前項で挙げたような従業員にとってのメリットは、企業の魅力に直結する要素にもなります。

経済産業省「人材版伊藤レポート」でも、キャリア開発を行うことで得られる企業のメリットに関して以下のように述べられています。

個人のスキルや専門性を高めることは、生産性を高める反面、離職を誘発するのではないか、という指摘もある。しかし、特定の企業のみで通用する能力だけではなく、汎用性の高いスキルや専門性を身につける機会があることは個人を惹きつける魅力ともなる。[5]

改めて企業にとってのメリットを整理すると、以下のようになるでしょう。

  • エンゲージメント・生産性を向上できる
  • 変化に強い人材を育成できる
  • 社内外の優秀な人材を惹きつけることができる

エンゲージメント・生産性を向上できる

企業が従業員一人一人に寄り添ってキャリアを共に考え成長を支援してくれると感じられれば、そこで働く従業員のエンゲージメントに大きく寄与するでしょう。意欲的・主体的に仕事をする人材が増えることで、組織の活性化生産性の向上も期待できます。

変化に強い人材を育成できる

画一的な研修プログラムだけでは、事業環境の変化に対応できる人材を育てることは困難です。キャリア開発は、従業員一人一人が適性や希望に合わせて主体的に学び成長することを促します。自律的なキャリアデザインと学びを通じて、新技術への対応や新規事業の創出といった、変化の中で価値を生み続ける人材の育成につながるでしょう。

社内外の優秀な人材を惹きつけることができる

人材への投資が企業の価値を高めることは前述しましたが、そうした企業の姿勢は当然ながら求職者にとっても魅力となります。従業員のキャリア開発に力を入れる企業は、外部からキャリア自律の意識が高い優秀な人材を獲得する機会が高まる上、在籍している従業員の定着も期待できます。


4.キャリア開発の手法

ここまで見てきたように、キャリア開発は従業員のみならず、企業にとっても意義の大きいものです。それでは、キャリア開発を実施する具体的な手法を見ていきましょう。

4-1. キャリアビジョンを持つためのサポート

従業員が主体的にキャリアと向き合い、キャリアプランを立てるサポートを行います。以下のような方策が挙げられます。

  • 多様なキャリアパスの提示
  • キャリア面談・キャリアコンサルティング
  • キャリアデザイン研修
  • 従業員同士のキャリアビジョンの公開/共有
  • タレントマネジメントシステム

多様なキャリアパスの提示

従業員がキャリアを考える上で、企業が具体的にキャリアパスの選択肢を示すことは欠かせません。現在の所属や担当業務以外のキャリアパスについても知ることで、目先の仕事に囚われ過ぎずに自身の適性や目標を検討できます。さまざまな選択肢を提示し、従業員が広い視野でキャリアプランを立てられるようサポートしましょう。

キャリア面談・キャリアコンサルティング

従業員のキャリアプランを形骸化させず、実現に向けて継続的に支援するため、上司やキャリアコンサルタントとの定期的な面談を行います。自身の希望や強みを整理し、キャリアに関する不安や課題が解消されることで、業務のモチベーション向上につながるでしょう。企業にとっても従業員一人一人のキャリアプランを理解し、エンゲージメントを醸成する重要な機会になります。

キャリアデザイン研修

そもそも従業員がキャリア自律に消極的だったり、キャリアプランの立て方が分からなかったりすることもあります。企業主導のキャリア形成になじんできた中高年世代や、目先の業務で精一杯な状況では、いきなりキャリア自律を推奨されても対応できない人もいるはずです。そういった場合はまず、従業員がキャリアデザインの重要性を理解し、描き方を学べるような研修を実施することが望ましいでしょう。

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従業員同士のキャリアビジョンの公開/共有

キャリア開発に積極的な企業では、従業員がお互いにキャリアプランを公開する取り組みも見られます。従業員が自身のキャリアと真剣に向き合う仕組みとしてはもちろん、部門と従業員相互のアプローチなどの人材マッチング、若手社員のロールモデルとしても有用です。

タレントマネジメントシステム

タレントマネジメントは、従業員のタレント(才能)やスキル、業務経験などをデータで一元管理し、人材配置や育成などに活用することです。適材適所の配置で従業員が力を発揮でき、適正な評価に活用することで従業員のエンゲージメント向上も期待できます。従業員にとっても、自身に必要なスキルや経験を把握でき、キャリアパスが明確になりやすいでしょう。

4-2. 学びの機会提供

企業は、業務やOJTを通じたスキルアップだけでなく、従業員が希望するキャリアを見据えた研修や自己研鑽に取り組める時間と環境を提供しましょう。企業側が指定した研修を課す従来型の社内教育から、個々が自身に必要な学びを選択できる仕組みへシフトしている企業も見られます。

社外研修や資格取得に費用補助を設けるなど、業務外の学びをサポートする制度も、幅広い分野の学習機会を提供するのに有効です。自社で不足している専門性を社外で学び、自社へスキルや知見を還元してもらうことも望めます。

eラーニングの活用は、従業員に学習環境を提供する手段の一つです。豊富な教材から希望のコースやコンテンツを学び放題のサービスは、自律学習に最適と言えるでしょう。ITリテラシーやDX関連の知識などのリスキリングにも役立ちます。

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4-3. 人事制度の整備

キャリア開発を効果的に行うには、人事制度との連動が欠かせません。人事制度の局面ごとに見ていきましょう。

  • 目標管理・評価
  • 人事異動・昇進
  • 採用

目標管理・評価

企業から一方的に示された目標ではなく、従業員が自身のキャリアプランを踏まえて主体的に目標設定することで、キャリア開発に役立ちます。企業はその達成に向けた進捗把握や問題解決といった支援、達成度の適切な評価によって、個々のキャリアプランの実現をサポートできます。

人事異動・昇進

人材配置は従業員にとってキャリア形成の大きな要素です。企業側が一方的に決めるのではなく、従業員のキャリアビジョンを反映するのが望ましいでしょう。すべてを希望通りにというのは現実的ではありませんが、異動の発令前にできるだけ本人の意思を汲み取る機会を設けたり、社内公募制を導入したりといった方法が考えられます。

また、昇格・昇進への挑戦を希望制にする、一律に管理職を目指すのではなくエキスパート職へのキャリアパスを設けるといった取り組みも見られます。ジョブローテーションでさまざまな業務や部署を経験させることも、レベルアップのチャンス、さらには自身の適性やキャリアの目標を考える材料を提供できるでしょう。

採用

キャリア開発においては、一人一人の希望や状況に沿った多様な学習機会を提供することが重要です。その一つとして、入社前に多様な経験を積む機会を確保するために、通年採用を取り入れる方法もあります。

4-4. 社外を含めたネットワーク構築

キャリア開発は、従業員を社内に囲い込むのではなく、自社以外を含めた広い視野を持って実施することが望まれます。そのためには、グループ企業や他の企業への出向制度兼業の許可など、社外での経験を積む機会を提供することも有効でしょう。

さらには、転職や独立で社外に出た従業員と何らかの形で関係を継続し、業界を横断してネットワークを構築する動きも見られます。パーソル総合研究所の調査によると、退職者の出戻り制度・カムバック制度を設けている企業は8.6%、うち従業員5000人以上の企業では20.2%と、自社の退職者を再雇用するアルムナイ採用も進んでいます。[6]

 


5.キャリア開発に利用できる助成金

キャリア開発は国も促進しており、取り組む企業に向けて厚生労働省による助成金が設けられています。それぞれ詳細な支給要件がありますが、当てはまる場合は活用を検討してはいかがでしょうか。

5-1. 人材開発支援助成金

従業員に計画的な職業訓練を行う企業に対して費用を助成し、キャリア開発を支援する制度です。要件を満たす訓練を実施した場合に、経費や期間中の賃金の一部が助成されます。

デジタル人材の育成新規事業立ち上げのためのリスキリングなど、目的や訓練内容によって以下七つのコースに分かれています。

・人材育成支援コース
・教育訓練休暇等付与コース
・人への投資促進コース
・事業展開等リスキリング支援コース
・建設労働者認定訓練コース
・建設労働者技能実習コース
・障害者職業能力開発コース

5-2. キャリアアップ助成金

非正規雇用労働者の企業内でのキャリアアップを促進するための助成制度です。こうした従業員について正社員化や処遇改善の取り組みを実施した企業に対して助成されます。

なお、キャリアアップ助成金は前述した人材開発支援助成金とあわせて利用することも可能です。人材開発支援助成金の特定の訓練を修了した非正規雇用従業員を、正規雇用に転換した場合、助成金額が加算されます。2023年度からは、人材開発支援助成金とキャリアアップ助成金を申請する場合、両者の計画書を一本化できることとなり、手続きが簡素化されました。


6.キャリア開発のポイント

キャリア開発を進めるにあたって、気を付けたいポイントを解説します。

6-1. 高いエンゲージメントで働ける環境をつくる

従業員が主体的にキャリアに向き合い能力を発揮するには、エンゲージメントレベルを把握し、それぞれに適した環境を整えることが重要です。

本人のキャリアの希望を確認して配置や就業環境を見直すことは、エンゲージメントを向上する具体的な手立ての一つです。エンゲージメントレベルが高い従業員には、一層の成長を促す職務への挑戦という選択肢も提示できるでしょう。エンゲージメントレベルに応じたアサインメントによって、組織の成果と個人のキャリア開発の両立が期待できます。

6-2. キャリア開発の主体は従業員一人一人

企業に期待されるキャリア開発の取り組みは多々ありますが、キャリア開発は従業員本人を主体とするものです。組織に必要な人材像や身につけてほしいスキルといった、企業側の観点を優先すれば、「キャリア開発」の押しつけになってしまうでしょう。あくまで従業員の自律的なキャリア実現を支援するという観点を軸にしましょう。

そのためには、従業員のキャリアの意向を尊重するだけでなく、キャリア自律の意識を醸成するサポートが重要になります。

6-3. 経営層・管理職が一体となって取り組む

キャリア開発は従業員が主体といっても、本人任せで放置しては効果が見込めません。従業員のキャリア自律を促し、かつ一人一人のキャリア実現に向けてサポートするには、上司や人事部門のみならず全社的な仕組みづくりが求められます。

経済産業省が公表した「人材版伊藤レポート2.0」でも、人的資本経営の実践に「最も重要な視点は経営戦略と人材戦略の連動」と述べられています。[7]キャリア開発は企業の価値を高める重要な投資と捉え、経営層も一体となって取り組む必要があります。

6-4. 目的や状況によっては部分的な導入から始める

上記に述べた通り、キャリア開発は全社一体の取り組みを要し、体制を整えるのは容易ではありません。例えば、異動や昇進・昇格への挑戦をすべて本人意思に基づいて行うのは現実的でないという企業も多いでしょう。そういった場合は以下のように、部分的にキャリア開発の手法を取り入れることを検討してみてください。

・従来の管理職昇進ルートに加えて、エキスパート職を目指すキャリアパスを設定する
・特定の部署やポジションに限って公募制を導入する

なお、厚生労働省が公表した「内部労働市場を活用した人材育成の変化と今後の在り方に関する調査研究」報告書では、以下二つの取り組みはすべての企業で必要となるだろうと述べられています。[8]

・キャリアビジョンを持つための支援
・自律的な学びを可能とする制度

キャリア自律に向けた意識の醸成と学びの機会は、どの企業でも取り組むべき施策と言えるでしょう。

 


7.キャリア開発に取り組む企業事例

最後に、企業のキャリア開発への取り組み事例を、厚生労働省が公表した実践事例集から紹介します。

7-1. KDDI株式会社

KDDI株式会社では、新たな事業領域への進出や若手従業員のモチベーション向上・成長を促すことを狙い、社内外の優秀な人材を惹きつける人事制度を導入しました。注力分野での中途採用者の増加、課長層への若手人材の抜擢などの成果につながっています。

KDDI版ジョブ型人事制度」は、広範な事業領域を生かした多様な成長機会を提供し、目指す人材像や必要な職務・スキルが明確になることでキャリアデザインをサポートします。人事異動についても従来の企業主導から本人の希望を重視した異動へと変化してきました。公募制度部門から従業員へのアプローチなど、社内での人材マッチングを促進する仕組みがあります。

またほとんどの研修は手挙げ制で、特にDX人材育成の研修は常に定員オーバーになるなど、活発な学びが見られます。さらに9割の従業員がタレントマネジメントシステムで自身のキャリアプランを公開しており、キャリア自律の風土が醸成されていると言えるでしょう。

7-2. オリックス銀行株式会社

オリックス銀行株式会社では、従来はマネジメント職を目指すことを前提としていたキャリアパスを、特定分野のスペシャリストを目指すエキスパート職へのルートを設けて「複線化」しました。アソシエイト職(育成期間)のうちから1on1やキャリア面談を通じて上司・人事部がサポートし、納得感のあるキャリア選択ができる仕組みがあります。

グループ内他社の希望部門へ出向するキャリアチャレンジ制度や、1週間程度業務を経験できる社内インターン制度を設けています。また社外での自主的な学びについて自己研鑽補助を実施し、従業員が目指すキャリアに向けた学びを促進しています。

7-3. 西川コミュニケーションズ株式会社

西川コミュニケーションズ株式会社は、デジタル化で主力の印刷事業が厳しくなり、マーケティングやAIソリューションといった新規事業の検討が必要になりました。3DCGデザイン事業の開発にあたっては、これまでとまったく異なる事業であることから、希望者に集中的にリスキリングを実施しています。会社負担での夜間専門学校通学で知識を習得、その後は外部講師を呼んで実務に落とし込む方法がとられました。

新しい領域への挑戦は原則として手挙げ制で、他にも紙ベースでのデザイナーから新規事業の営業担当者へ、企画営業職からAIプランナーといった転身の例もあります。

同社は企業と従業員がともに成長していく企業風土を持ち、「自律性をもって働き、会社の看板なく働ける」人材育成に取り組んでいます。実際に社内で学んだことをもとに独立し、協業する例も見られます。


8.まとめ

キャリア開発は、従業員一人一人の自律的なキャリア形成を支援することです。個々の従業員がそれぞれの経験や志向に沿ってキャリアを積み上げることを、中長期的な視点でサポートします。

キャリア開発が求められる背景として、さまざまな社会変化が考えられます。激しく変化する事業環境に対応し、価値を生み続けるには、自らキャリアを開拓し新しい事業を切り開く人材を育てる必要があるでしょう。

個人のキャリアが流動的に、かつ長期化していく中では、各人が自らの市場価値を高めるべくキャリアを構築しなくてはなりません。企業にも、従業員が自社に限らず社会で活躍できるようキャリア形成を支援することが求められます。また個人の多様なライフスタイルや就業意識に対応するには、画一的なキャリアパスではなく一人一人に沿ったキャリアデザインが必要でしょう。

人的資本経営が重要性を増していることも背景の一つです。キャリア開発を含む人材への投資は企業の価値に大きく関わります

キャリア開発を行うことで、従業員にとっては以下のメリットが考えられます。

キャリアアップ・スキルアップを図ることができる
キャリアの見通しを持つことで不安が軽減される

これらのメリットは、従業員を惹きつけ企業の魅力に直結します。キャリア開発による企業のメリットは以下のように整理できるでしょう。

エンゲージメント・生産性を向上できる
変化に強い人材を育成できる
社内外の優秀な人材を惹きつけることができる

次に、キャリア開発の手法を以下四つの観点に分けて解説しました。

キャリアビジョンを持つためのサポート
学びの機会提供
人事制度の整備
社外を含めたネットワーク整備

キャリア開発に利用できる行政の助成金としては、厚生労働省による以下二つの制度が挙げられます。

・人材開発支援金
・キャリアアップ助成金

キャリア開発を進めるにあたっては、次のようなポイントに気を付けるとよいでしょう。

高いエンゲージメントで働ける環境をつくる
キャリア開発の主体は従業員一人一人
経営層・管理職が一体となって取り組む
目的や状況によっては部分的な導入から始める

最後に、キャリア開発に取り組む三社の企業事例を紹介しました。

KDDI株式会社
・オリックス銀行株式会社
・西川コミュニケーションズ株式会社

キャリア開発は個人のキャリア形成を支援することから、自社からの離職を誘発してしまうのではという懸念も聞かれます。しかし、一人一人に寄り添ってキャリア自律をサポートする姿勢は、従業員のエンゲージメントを高め、企業の魅力となって優秀な人材の獲得・定着につながります。

キャリア開発がもたらす企業にとっての意義を改めて確認し、キャリア開発の取り組みを進める後押しに、本稿が役立つと幸いです。

 

キャリア開発の具体例は?

キャリアデザイン研修やキャリア面談といった従業員がキャリアに主体的に向き合うサポート、キャリアビジョンを反映した人事異動、研修や自己研鑽などの学びの機会提供などが挙げられます。

キャリア形成とキャリア開発の違いは何ですか?

キャリア形成は経験を通じてキャリアを積み上げることを言います。従業員の自律的なキャリア形成を計画的にサポートする取り組みがキャリア開発です。

キャリア開発はなぜ必要なのか?

  1. 社会が急速に変化し人材の流動性も高まる中、個人には自身の市場価値を高める主体的なキャリア構築が、企業にはそのサポートが求められます。人材への投資は企業の価値を高め、内外の人材を惹きつける魅力になります。

[1] 厚生労働省「キャリアコンサルティング・キャリアコンサルタント」, (閲覧日:2023年10月20日)https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/jinzaikaihatsu/career_consulting.html
[2] 総務省統計局「令和4年 労働力調査年報」,2023年5月30日公表,p.12, https://www.stat.go.jp/data/roudou/report/2022/pdf/summary2.pdf(閲覧日:2023年10月20日)
[3] 内閣府「仕事と生活の調和(ワーク・ライフ・バランス)レポート2019 ワーク・ライフ・バランスの希望を実現 ~多様な個人の選択が叶う社会へ~」,2020年3月公表,p.8,https://wwwa.cao.go.jp/wlb/government/top/hyouka/report-19/h_pdf/zentai.pdf (閲覧日:2023年10月31日)
[4]生命保険協会「生命保険会社の資産運用を通じた 「株式市場の活性化」と「持続可能な社会の実現」に向けた取組みについて」,2023年4月21日公表,p.7,p.24, https://www.seiho.or.jp/info/news/2023/pdf/20230421_3-all.pdf (閲覧日:2023年10月20日)
[5] 経済産業省「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会報告書~人材版伊藤レポート~」, 2020年9月30日公表,p39, https://www.meti.go.jp/shingikai/economy/kigyo_kachi_kojo/pdf/20200930_1.pdf (閲覧日:2023年10月20日)
[6] パーソル総合研究所「コーポレート・アルムナイ(企業同窓生)に関する定量調査」,2020年5月29日公表,https://rc.persol-group.co.jp/news/202005290001.html(閲覧日:2023年10月23日)
[7] 経済産業省「人的資本経営の実現に向けた検討会報告書~人材版伊藤レポート2.0~」, 2022年5月13日公表,p.12,https://www.meti.go.jp/policy/economy/jinteki_shihon/pdf/report2.0.pdf (閲覧日:2023年10月20日)
[8] 厚生労働省「内部労働市場を活用した人材育成の変化と今後の在り方に関する調査研究事業報告書」,2023年3月公表,p.110, https://www.mhlw.go.jp/content/11600000/001085729.pdf (閲覧日:2023年10月20日)

参考)
経済産業省「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会報告書~人材版伊藤レポート~」, https://www.meti.go.jp/shingikai/economy/kigyo_kachi_kojo/pdf/20200930_1.pdf (閲覧日:2023年10月20日)
経済産業省「人的資本経営の実現に向けた検討会報告書~人材版伊藤レポート2.0~」, https://www.meti.go.jp/policy/economy/jinteki_shihon/pdf/report2.0.pdf (閲覧日:2023年10月20日)
厚生労働省「人材開発支援助成金」, https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyou/kyufukin/d01-1.html (閲覧日:2023年10月20日)
厚生労働省「キャリアアップ助成金」, https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/part_haken/jigyounushi/career.html (閲覧日:2023年10月20日)
厚生労働省「内部労働市場を活用した人材育成の変化と今後の在り方に関する調査研究事業報告書(令和4年度厚生労働省委託事業)」,2023年3月公表, https://www.mhlw.go.jp/content/11600000/001085729.pdf (閲覧日:2023年10月20日)
厚生労働省「実践事例 変化する時代のキャリア開発の取組み」,2023年3月公表,https://www.mhlw.go.jp/content/11600000/001085730.pdf (閲覧日:2023年10月20日)

 

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