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〔ポジティブ心理学〕「思考のワナ」を見極めレジリエンスを高める方法

「折れない心を手に入れたい」「逆境に負けない人間になりたい」

日々仕事をする中で、このように思う方は少なくないのではないでしょうか。

前回の記事「〔ポジティブ心理学〕レジリエンスとは 折れない心を作る6つの要素」では、逆境から素早く立ち直り、成長する能力「レジリエンス」の基本ということで、レジリエンス能力を発揮するための心理的な構成要素として、①自己認識、②自制心、③精神的敏速性、④楽観性、⑤自己効力感、⑥(他者との)つながり、の6つをご紹介しました。

そこでもご説明したとおり、これらの能力は後天的に身に付けることができ、うまく組み合わせることによって、逆境に柔軟に対処したり、落ち込みそうなときでも素早く立ち直ることができるようになります。

今回は、より具体的なスキルについてご紹介しながら、レジリエンスの理解を深めていきましょう。

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1. 感情の裏にある思考に気づくABC分析

私たちが「心が折れそうになる」のは、目前の問題に対して「どうしたらいいのかわからない」と途方に暮れる瞬間です。そこで私たちを最も苦しませるのは、実は具体的な解決策がわからないことよりもむしろ、心の中に生じる不安や焦燥、羞恥心といったネガティブな感情です。

レジリエンスを向上させる上で大切なのは、こうした感情の裏に隠れている自分の「思考のクセ」に気づき、「どうしたらいいかわからない」という思考停止・行動停止状態から脱却することです。

そのために必要な自己分析を、A=Adversity(逆境)B=Belief(思考、思い込み)C=Consequence(結果<として生じる感情や行動>)の頭文字をとって、「ABC分析」と呼びます。

1-1. A(逆境)、B(思考)、C(結果)の相関関係

何か良くない出来事、例えば、出勤早々深刻な顔をした上司に「今すぐ会議室に来い!」と言われるような「逆境」が起こると、その瞬間ドキッと心臓が高鳴り、不安や困惑といったネガティブな「感情」や、会議室への足取りが重くなるといった「行動」としての「結果」が生じます。

この「逆境」Aと「結果」Cの間には、無意識のうちに何らかの「思考」B、といっても論理的・客観的思考ではなく、Belief、つまり主観的な「思い込み」が働いています。

「不安」の裏には「何か悪いことをしたんだろうか」「もしかして、Y社への提案書がまだ手つかずなのがバレちゃったか」、「困惑」の裏には「なんで私だけが呼び出されるのだろう。同じチームのZさんは呼ばれてないのに」といったものです。

こうした困惑の思考の原因が正しいのであればともかく、実はただの思いこみや考え過ぎなど、的外れである場合が少なくありません。これを「思考のワナ」と呼びます。

この「思考のワナ」に無意識のうちにとらわれると、問題解決に向けた前向きな思考ができなくなり、不必要にストレスを感じて心に負担が生じるのです。ですから、自分がとらわれがちな「思考のワナ」を知ること、そして、そのワナにはまりそうになったらそれに気づくこと、つまり自己認識することが、ABC分析の中で私たちがすべき大切なポイントです。

また「ABC分析」と呼ばれていますが、実際にはAの直後にCがあり、その裏にはBがある、というように、自分で認識できるのは通常「ACB」の順になることも覚えておきましょう。

1-2. レジリエンスを阻害する「思考のワナ」

「思考のワナ」は、臨床心理学では「認知の歪み」と呼ばれ、ポジティブ心理学の分野のみならず従来型の心理学の中でもいろいろと研究され、分類されています。

ここでは、レジリエンス、つまり「逆境から素早く立ち直り、難題から学び、成長する能力」を阻害する最も有害なワナとして、次の5つをご紹介します。各項目に、上述の「上司に呼び出された」逆境時の具体例を示しておきます。

  1. 個人化:逆境が起こったのは、自分のせいだと思い込む。
    ⇒「呼び出されたのは、私が何かまずいことをしたからに違いない」
  2. 他人化:1. とは逆に、なんでも他人のせいだと思い込む。
    ⇒「呼び出されたのは、部下のDさんの失敗のせいに違いない」
  3. マインドリーディングMind reading):相手の気持ちを推測して、そう思っていると勝手に思い込む。
    ⇒「上司は、提案書が手つかずなのを怒ってるんだ。この仕事を私に任せたことを後悔しているに違いない」
  4. 大惨事思考1つの出来事を「いつも」とか「すべて」というふうに過剰に一般化し、将来が悲惨なものになると思い込む(=楽観性を失う)。
    ⇒「E社の件でミソをつけたら、きっとF社の担当も外される。新規有力先のG社も関わらせてもらえない。そうなったら今年のボーナス査定は最低点だ。もしかしたら降格させられるかも……」
  5. 無力感思考:4. と同様に過剰一般化し、自分は何もできない非力な人間だと思い込む(=自己効力感を失う)。
    ⇒「E社の件でミソをつけたら、きっとF社の担当も外される。新規有力先のG社も関わらせてもらえない。私は何もできない無能者だ。部署のお荷物だ。いないほうがましなんだ……」

これら以外にも、私たちが日常の中でよくやってしまう「思考のワナ」はいろいろあります。

  • 「~すべき」という固定観念に縛られる「べき論」
  • 100点満点でなければすべて0点!」と考えて中間を認めない「All or nothing」
  • 他人のちょっとした行動で「あの人はそういう人だ」と決めつける「ラベリング」
  • ネガティブなことばかりに注目してプラス面を見ようとしない「視野狭窄」

大切なのは、上記のリストを参考にして自分がよくはまる「思考のワナ」はどれとどれかを特定し、「名前」を覚えておくことです。すると、逆境に直面したときに「○○のワナにはまっている」と認識しやすくなります。

1-3. 自分の陥りやすい「思考のワナ」に気づく

17世紀のオランダの哲学者スピノザが、こんな名言を遺しています。

「苦悩という感情は、その像を明確に描き出した途端、苦悩ではなくなる」

言い換えれば、私たちが逆境に陥って「折れそう」とか「もう立ち直れない」と感じたとき、その裏にある「思考のワナ」に気づきさえすれば、ネガティブな感情はネガティブでなくなる、ということです。

冷静な思考や行動を妨げるのは、心をかき乱すネガティブな感情です。ネガティブな感情から脱却できれば、問題に対して適切な対処法を考案し、解決に向けた第一歩を踏み出すための客観性と冷静さを取り戻すことができます。

実は、私が陥りやすい「思考のワナ」は「マインドリーディング」です。仕事関連のメールの返事が来ない、という「逆境」に遭うと、すごく不安な気持ちに駆られます。不安の裏にある「思考」は、「私の書き方が気に障って怒ってるんじゃないか」「実は彼はこの仕事をやりたくないんじゃないか」など。相手の思いを勝手に邪推して、そう思い込んでしまうのです。

ここで「あ、また私マインドリーディングしてる」と気づく(=自己認識)だけで、意味のない不安を抑える(=自制心)ことができます。取るべき行動は、不安にかられておろおろすることではなく、シンプルに「返事を待つ」、あるいは、出したメールを読み直して気に障るような文章が実際になかったかチェックする、もし本当にまずい文章だったら修正と謝罪のメールを出し直すといった行動です。

大切なのは、「思考のワナ」リストを参考にして自分がよく陥りがちな「思考のワナ」はどれかを知りそれが起こったときに「あ、あのワナだ」と気づくことです。

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2. 思考のワナから抜け出すための具体的スキル

逆境は、「思考のワナ」に気づいただけでスッキリできるものだけではありません。
ワナからきっぱり脱却し、次の一歩を力強く踏み出すための、より具体的なレジリエンススキルを2つご紹介します。

2-1. 速攻ツッコミ「決め言葉」

「思考のワナ」に気づいたとき、「決め言葉」を使って自分に速攻でツッコミを入れるスキルです。最も使える「決め言葉」として、3つご紹介します。日頃、皆さんが最もよく悩まされるであろう「イラッ」という怒りの感情にまつわる例を使って、「決め言葉」スキルの活用法を見ていきましょう。

「見方転換」の決め言葉:「もっと前向きな(役に立つ)見方をすると……」

 ・ ものの見方をより前向きで役立つものに変えて、生産的な考え方に転換するスキルです。

 A. (逆境):部長から難しい仕事を振られた
 C. (結果として生じる感情):「イラッ」という怒り
 B. (Cの裏にある思考):「これって部長の仕事だろう。大体、俺が忙しいのは、何もかもあの部長のせいだ」(=「他人化」のワナ)
 ⇒決め言葉:「もっと前向きな見方をすると、部長の仕事までやらせてもらえるのは、自分が成長する絶好のチャンスだ」
 ⇒取るべき行動:自分が部長になったつもりで、その仕事に前向きに取り組む

「証拠探し」の決め言葉:「それは本当ではない。なぜなら……」

 ・ 自分の思い込みに対する反証を挙げるスキルです。

 A. (逆境):友達にランチの約束をすっぽかされた
 C. (結果として生じる感情):「イラッ」という怒り
 B. (Cの裏にある思考):「彼女は、私のことを軽く見ているんだ。どうせ私なんて付き合う価値なんてないと思ってるのよ」(=「マインドリーディング」のワナ)
 ⇒決め言葉:「それは本当ではない。なぜなら、そもそもランチに誘ってきたのは彼女のほう。価値がないと思うはずがない」
 ⇒取るべき行動:友達に、すっぽかした理由を聞き、リスケジュールする

 ③ 「計画」の決め言葉:「もし○○が起こったら、私は△△する」

 ・ 発生しそうな事態に対して、可能な限り有効な緊急対策を思い描くことで、心を落ち着けるスキルです。

 A. (逆境):夜、子供がなかなか寝てくれない
 C. (結果として生じる感情):「イラッ」という怒り
 B. (Cの裏にある思考):「寝てくれないと家事が片付かないし、片付かないと提案書の仕上げ作業ができない。もう期日に間に合わない。お客さんを怒らせたら絶対クビだ」(=「大惨事思考」のワナ)
 ⇒決め言葉:「もしどうしても寝なかったら、いっそリビングルームで遊ばせながら、私は仕事に取り掛かる。食器洗いは明日に後回しだ」
 ⇒取るべき行動:子供を寝かしつけるのは諦めて、仕事に取り掛かる。

2-2. メンバーは一人でも「大惨事対策委員会」

「思考のワナ」の中でも、特に「大惨事思考」「無力感」は、私たちの「楽観性」「自己効力感」を阻害する厄介なものです。

レジリエンスを構成する心理的要素のうち、この2つがないと、逆境に対して意図的に行動しようというパワーがそがれるだけでなく、「いつも悪い結果になるに違いない」「一事が万事、すべて裏目に出る」などと過剰に一般化して、思考はどんどん悪い方向に加速していきます。

例えば、役員会議で担当プロジェクトの予算承認のためのプレゼンを控え、「うまく行くだろうか」と不安にかられた状態のとき。

「プレゼンでとちったらどうしよう」→「そのせいで承認がおりなかったら」→「プロジェクトのお取りつぶしで仕事がなくなったら」→「クビになるかも」と、次から次へと芋づる式に悪いことを思い浮べて不安を増幅させる「下降スパイラル」。

プレゼンのみならず、あの仕事もこの仕事もどれもこれも自分には遂行能力がないと、別の心配事まで引っ張り出してパニックになる「とっちらかり」。

「プレゼンできない、できない、できない……」と同じ考えにとらわれてほかのことが考えられなくなる「堂々巡り」。

これらから抜け出すために有効なのが、以下のステップで構成された「大惨事対策」スキルです。

① 最悪ケースを考える。

 あえて、上述の「下降スパイラル」を徹底的にボトムまで降りてみます。

 「プレゼンでとちる」
 →「プロジェクトの予算が否決され、中止になる」
 →「社内で仕事がなくなってクビになる」
 →「転職先が見つからない」
 →「住宅ローンが払えない」
 →「家を売らざるを得ず、妻に愛想をつかされて離婚」

降りて行くうち、「さすがにそこまでは起こらないだろう」と笑いたくなってくるはずです。

② 最善ケースを考える。

 次に、天まで昇るつもりで、逆のケースを考えます。

 「プレゼンで成功する」
 →「プロジェクトリーダーになり、プロジェクトが大成功」
 →「史上最年少役員に昇進」
 →「プロジェクトが子会社化され、社長に抜擢」
 →「給料倍増、ストックオプションで億万長者!」

こちらも、昇って行くうちに「そりゃ夢見すぎだろう」と笑ってしまうでしょう。

③ 最もあり得るケースを考える。

 地獄と天国を垣間見たあとは、さすがに冷静さを取り戻し、最もあり得る現実的なケースを想定することができるはずです。

 「立て板に水、とまではいかなくとも、どうにか説明する」
 →「いくつかの質問には答える」
 →「難しい質問には別のメンバーがフォローしてくれる」
 →「収益予測の一部修正という条件付きで承認される」

④ ③のケースを前提に、今自分が取るべきアクションを考えて実行する。

 ③がイメージできれば、あとはそれに対して打てる手立てを打つ、というだけのことです。不安の堂々巡りをしている暇はありませんね。現実的な対策として以下のようなものが考えられます。

 「伝えるべきポイントをわかりやすく説明できるよう、原稿を書いて練習する」
 →「想定問答集を作り、回答担当者を割り振る」
 →「予測が甘いと言われそうな部分がないか、PJメンバー外の人に客観的に見てもらう」

上述の例は、組織として対応すべき課題であり、特に④のステップでは、おのずと自分をサポートしてくれる他者を想定することが大きな意味を持ちます。すなわち、逆境を乗り越えるとき、自分一人ではない、助けてくれる誰かがいる、と考えることが、実践的にも精神的にも大きな救いとなるのです。

直面する課題が個人的なものであっても同じです。その課題に対してアドバイスをくれそうな人、自分をサポートしてくれそうな人を思い浮かべて、取るべきアクションの中に「○○さんに相談してみる」という項目を付け加えるのです。いざとなれば頼れる人がいると思うだけで、レジリエンスはかなり高まります。

①~④のレジリエンススキルを「大惨事対策『委員会』」と名付けたのは、自分以外にも対策メンバーはいる、という意味を象徴するためです。

2-3. その他のレジリエンススキル

上記以外にも、レジリエンスを高めるスキルはいろいろとあります。

「思考のワナ」のさらに裏にある、無意識の思い込みにまで踏み込んで考える「氷山思考」と呼ばれるスキルや、レジリエンスの構成要素能力に係る「強み」を磨くスキルやコミュニケーションスキル、さらには日頃から心身を整えるための呼吸法マインドフルネスアプローチなどなど。これらについては、また別の機会にご紹介できればと考えています。


3. まとめ

レジリエンスを高めるスキルのひとつが、ABC分析です。A=Adversity(逆境)が起こったとき、C=Consequence(結果として生じる感情や行動)が生じますが、その裏には必ず何らかのB=Belief(思考、思い込み)があります。まず、Bの内容に気づくことが大切です。

この思考は的外れな思い込みである場合が多く、これを「思考のワナ」と呼びます。

典型的な思考のワナには、①個人化、②他人化、③マインドリーディング、④大惨事思考、⑤無力化思考、があり、④⑤は特に楽観性や自己効力感を阻害し、逆境に対して意図的に行動しようというパワーがそがれていつまでたっても立ち直れなくなる、厄介なワナです。

自分が陥りやすい「思考のワナ」はどれかを知り、それが起こったときに「あ、あのワナだ」と気づくことさえできれば、多くの場合はすっきりできます。

気づくだけでなく、ワナからきっぱり脱却し、次の一歩を力強く踏み出すための、より具体的なレジリエンススキルとして、2つご紹介しました。

「速攻・ツッコミ決め言葉」のスキルは、「もっと前向きな(役に立つ)見方をすると…」「それは本当ではない。なぜなら…」「もし○○が起こったら、私は△△する」といった決め言葉を使って、ワナから脱して適切な行動を考えるきっかけにします。

「大惨事対策委員会」のスキルは、その逆境から生じるであろう「最悪ケース」「最善ケース」を想定した上で「最もあり得るケース」を現実的に考えて、そのケースを前提に今自分がとるべきアクションを考えて実行する、というものです。

レジリエンスは、個人として、私たちが長い人生の山谷を乗り越えていくために必要不可欠であるだけでなく、組織として、そこで働く人たちがストレスの多い環境にもめげずに前向きに業務に取り組み、高いパフォーマンスを出していくためになくてはならない能力です。

ご紹介したスキルを、チームレベルで実践していくことで、ぜひ組織力の向上に役立てていただければと思います。

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<参考>
・カレン・ライビッチ他(2015)「レジリエンスの教科書」草思社.
・Karen Reivich Ph.D.(2017)「Positive Psychology: Resilience Skill」 Non-credit online course authorized by University of Pennsylvania and offered through Coursera.
・Karen Reivich Ph.D.et.al(2011年1月)「Master resilience training in the U.S. Army」American Psychological Association.
http://psycnet.apa.org/record/2011-00087-005
・マーティン・セリグマン(2014)「ポジティブ心理学の挑戦」ディスカヴァー・トゥエンティワン.
・Ryan M. Niemiec(2017)「Character Strengths Interventions」 Hogrefe Publishing Group.
・Ryan M. Niemiec(2017年9月16日)「The What, Why, and How of Character Strengths: Lessons from a New Science」慶応大学特別講演.
・HBR’s10 MUST READS(2015)「On Emotional Intelligence」Harvard Business Review Press.
・日本ポジティブ心理学協会(2016)「ポジティブ心理学プラクティショナー養成・認定コース」.

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