「教育を内製化するに当たって、効果的な教材を作るフレームワークのようなものはないだろうか」
このようにお考えの教育管理者の方は多いと思います。
ここ数年、研修を内製化する動きが少しずつ進んできています。2018年の産労総合研究所の調査結果によると、研修の内製化に取り組んでいる企業は調査対象企業のうち69.3%と、2015年の67.4%からやや増加しました[1]。
約7割の企業が、外注費を抑え、自社の事情に合った教育をフレキシブルに展開することのできる内製研修のメリットを継続的に追求していることが分かります。
一方で、内製化の課題トップ3は以下となっています。
・社内講師となる人材の不足 66.4%
・人材開発部のマンパワー不足 41.4%
・内製化のノウハウ不足 39.8%
内製化を進めていく中で、人材開発や実務の経験はあっても教えることのプロではない従業員が選任されることがあります。この場合、どうすれば効果のある教材、研修が作れるのか、という悩みに直面し、想定以上の時間がかかってしまうことが往々にして起こります。
上記の調査結果はこうした状況を反映しているといえるでしょう。
「ガニエの9教授事象」は、教材や研修の組み立てを行うときに非常に役立つ理論です。本稿では、ガニエの9教授事象の概要、そのメリットと各ステップのポイント、各ステップにおける具体例、理論を使用する際の注意点を説明し、効果的な教材作りを行う秘訣をご紹介します。
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目次
1. ガニエの9教授事象とは うまくいく教材設計の秘訣
ガニエの9教授事象とは、授業や教材を設計して教える際に、どのように行えばよいかというプロセスを整理した理論です。この理論は、「インストラクショナルデザイン」という、教育を一連のシステムとして捉え、最も効果的、効率的に研修や教材開発を行うための方法論を基に開発された理論の一つです。
アメリカの教育心理学者であるロバート・M・ガニエ博士は、人がどのように新しい知識や技術を身に付けていくのかを分析しました。
そして、使用する教材や、講師が物事を教えるための全体のプロセスを「学びを支援する外側からの働きかけ(外的条件)」と位置付け、どのようなプロセスで進めていけば効果が出るのかを研究したのです。
その結果を整理すると、9種類の働きかけに分類されるという考えに至り、整理された理論がガニエの9教授事象です。
言い換えると、ガニエ博士は「どのような流れで教えたら人は新しい知識や技術を理解し、身に付けやすくなるのか」という観点から効果的な教え方のステップを発見し、9つに整理したのです。具体的には、以下のようになります。
- 学習者の注意を喚起する
- 学習者に目標を知らせる
- 前提条件を思い出させる
- 新しい事項を提示する
- 学習の指針を与える
- 練習の機会をつくる
- フィードバックを与える
- 学習の成果を評価する
- 保持と転移を高める
詳細は、3章、4章でご紹介します。
最近は研修の内製化に取り組む企業も増えています。ガニエの9教授事象を活用すれば、慣れない人でも、効果的な研修を効率良く設計することができます。
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2. より良い学びへと導く9教授事象のメリットとは
ガニエ博士が開発した9教授事象に沿って教材設計を行うと、主に次のようなメリットがあります。
(1)受講者の学習意欲に左右されず一定の効果が期待できる
何かを学習する際に、強い学習意欲がある人ならば、教材設計が多少不適当であったとしても、前向きにプログラムに取り組んで学習内容を理解することができるかもしれません。
しかし、学習意欲が低い場合、どんなに効果を高めようと考慮された教育プログラムでも、基となる教材設計が不適当だと効果が薄まってしまう可能性があります。
この点、基となる教材設計の段階においてガニエの9教授事象を踏まえておくことで、受講者の学習意欲の高低にかかわらず、一定の学習効果を期待することができます。
(2)指導者、設計者の経験値にかかわらず効率的な設計が行える
指導経験や、教材設計経験が豊かな人であれば、自然と「どう設計すればよいか」という知見が身に付いているでしょう。しかし、経験値の低い人が手探りで教材設計を行うと、時間や手間が多くかかってしまいます。
ガニエの9教授事象を活用すれば、その効果的な教え方の流れに沿って教材を設計すればよいため、指導者や設計者の経験値にかかわらず効率的に教材設計を行うことができます。
(3)教材の見直しの際に活用できる
実際に教育を実施した後、受講者の理解が甘かったと感じることもあると思います。その際に、経験や勘で設計をしていると、具体的にどの箇所を修正すればさらに良くなるか、ということが特定しにくいものです。
ガニエの9教授事象に沿って組み立てを行っていれば、どのステップに受講者のつまずきがあったのか特定しやすくなります。
以上のようなメリットから、ガニエの9教授事象は教材の設計時だけでなく、教育プログラムの作成や学習実施後の見直しにも活用できることが分かります。
3. 具体的な9つのステップ
この章では、ガニエの9教授事象の具体的な9つのステップについて詳しく確認していきます。これらは大きく分けると、導入、情報提示、学習活動、まとめという4つのパートに分類することができます。
それぞれのステップをくわしく見ていきましょう。
受講者の意識を学習へと向けるための準備を行います。
(1)学習者の注意を喚起する
学習の最初に、受講者の注意を引く必要があります。
(2)学習者に目標を知らせる
その日の学習目標を共有します。この学習を通してどのような知識やスキルを身に付けるか、終了後にどうなってほしいか、といったゴールイメージを伝えます。
(3)前提条件を思い出させる
過去に学習していることがあれば、以前何を学習したのかを思い出させます。簡単な復習の時間、ともいえます。初めての学習だとしたら、その日に学習する内容について少なくともどの程度の知識があれば目標に到達できるのか、レベル感を共有します。
その日の学習したい内容を伝達する最も重要なパートです。見せ方、伝え方など、教える側の工夫が問われます。
(4)新しい事項を提示する
その日の教材で学ぶ内容を提示します。
(5)学習の指針を与える
(4)で学習したことのポイントを整理し、理解を深めます。説明に図やイラスト、事例を用いるなど、受講者が理解しやすいように工夫をするとよいでしょう。
(4)、(5)で新しく理解した内容について、実務で生かせるように自分のものにしていくパートです。
(6)練習の機会をつくる
新しく得た知識をどれだけ理解しているか、また、活用できるか、問題を解く、ロールプレイを行うなどして確認し、定着させていきます。運動でいうと「筋トレ」に近いかもしれません。
(7)フィードバックを与える
練習を行ったときに間違えたところ、うまくできなかったところについての説明やアドバイスを客観的に行います。
(8)学習の成果を評価する
テストなどを実施して、その日学習した内容の理解度を測ります。
(9)保持と転移を高める
学習した内容を忘れないように、その成果を維持させます。さらには、学習した内容を応用できるようにします。
この9つのステップは、当たり前の流れのように感じるかもしれません。しかし、改めて体系化してみると、意識するべきポイントが明確になるため、理論を知る前に設計していた内容の過不足などに気付くことができます。
4. ガニエの9教授事象を使用した教材設計の具体例
では、具体的に教材設計をする場合にどのような流れになるのか、新入社員に向けたビジネスマナー研修を例に、確認していきましょう。具体例の欄には、受講者に対してどのように伝えるか、という例を挙げています。
9つのステップ | 内容 | 具体例:新入社員向けビジネスマナー研修 | |
(1) | 学習者の注意を喚起する |
| 「(イラストなどを活用しながら)このイラストの中で、上座がどこになるか1~4の中で選んでみてください」 |
(2) | 学習者に目標を知らせる |
| 「今日は、社会人として皆さんが最低限覚えておくマナーについて学習します。今日学習したことを実践できれば、今後お客さま先に訪問したり、お客さまをお迎えしたりするときに安心して対応できます」 |
(3) | 前提条件を思い出させる |
| 「事前に宿題として読んでおくようにお伝えしたマナーブックは読んできていますか」 |
(4) | 新しい事項を提示する |
| 「まずは、お客さまが訪問されたときのマナーについて学習します」 |
(5) | 学習の指針を与える |
| 「お客さまがいらっしゃったら、笑顔で挨拶、そして『どちらにお取次ぎいたしましょうか』と、訪問先を確認しましょう」 |
(6) | 練習の機会をつくる |
| 「それでは二人一組でお客さま先に訪問したときのロールプレイを行いましょう」 |
(7) | フィードバックを与える |
| 「挨拶の声が少し小さかったので、相手に届くように訪問した相手の顔を見て普段よりも大きな声を出すとよいですね」 |
(8) | 学習の成果を評価する |
| 「では本日学習した内容の理解度テストを行います」 |
(9) | 保持と転移を高める |
| 「1カ月後に、現場で実践してどうだったかを振り返るフォロー研修を実施します」 |
以上の事例は研修を設計することを前提の表現となっていますが、eラーニングを内製するときや、直接部下や後輩に指導する際にも応用できます。
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5. ガニエの9教授事象をより効果的に活用するための注意点
実際にガニエの9教授事象を使用する際に、どのようなことに気を付けるとより効果的なのかをお伝えします。
(1)教える側の表現の幅を広げる
ガニエの9教授事象は、あくまで「効果的な教え方になるステップ」です。この流れに沿って進めれば、どのような伝え方であっても効果が上がる、というわけではありません。
効果的な流れにプラスして、どのようなアイスブレイクなら受講者の注意を引きやすいか、どのような問題を出したらより分かりやすいかなど、各ステップについて教える側が表現の方法を工夫し、幅を広げる努力も必要となります。
(2)作成した教材の定期的な見直しを行う
2章のメリットでもお伝えしましたが、ガニエの9教授事象を使用して教材を作成すると、どのステップに受講者のつまずきがあったのか見直しがしやすくなります。しかし、作りっぱなしになってしまい、見直しをしないことも多いのではないでしょうか。
完璧な教材はそう簡単にできるものではありません。受講者の理解度と教材の組み立てにずれがないか、必ず定期的に見直すようにしましょう。
関連記事:eラーニングとは?システムやメリット、導入事例、費用について解説
eラーニングに関する情報を、基本的な説明から近年のトレンドや成功事例まで網羅的にわかりやすくまとめました。eラーニングの受講や導入を検討されている方は、eラーニングの基礎知識としてぜひ参考にしてください。
6. まとめ
本稿では、ガニエの9教授事象の概要、そのメリットと各ステップのポイントについて解説し、具体例についてもご紹介しました。
ガニエの9教授事象とは、授業や教材を設計する際に、どのようなプロセスで行えば効果的な教え方になるのかを、9つの働きかけに整理して体系化したものです。
研修を内製化する際、ガニエの9教授事象を活用すれば、慣れない人でも効果的な研修を効率良く設計することができます。
ガニエの9教授事象を活用すれば、主に次の3つのメリットが期待できます。
(1)受講者の学習意欲に左右されず一定の効果が期待できる
(2)指導者、設計者の経験値にかかわらず効率的な設計が行える
(3)教材の見直しの際に活用できる
具体的なステップは以下の通りです。
1-導入
(1)学習者の注意を喚起する
(2)学習者に目標を知らせる
2-情報提示
(3)前提条件を思い出させる
(4)新しい事項を提示する
(5)学習の指針を与える
3-学習活動
(6)練習の機会をつくる
(7)フィードバックを与える
4-まとめ
(8)学習の成果を評価する
(9)保持と転移を高める
より効果的に活用するための注意点として、以下2点があります。
(1)教える側の表現の幅を広げる
(2)作成した教材の定期的な見直しを行う
もし経験が少ない中で従業員教育のための教材作成を行わなければならないとき、もしくは現在勘と経験で設計した教育内容に効果が感じられないときは、ぜひガニエの9教授事象を活用してみてください。より良い教材にしていくためのヒントが見つかるかもしれません。
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[1] 産労総合研究所「2018年度 教育研修費用の実態調査」
https://www.e-sanro.net/research/research_jinji/kyoiku/kyoikukenshu/pr_1810.html
<参考図書>
中原淳(編)、荒木淳子、北村士朗、長岡健、橋本諭(2006)『企業内人材育成入門 人を育てる心理・教育学の基本理論を学ぶ』ダイヤモンド社
<参考>
・渡辺 雄貴「新たな教育手法をカリキュラムにどう組み込むか(インストラクショナルデザインの観点から)」
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jade/10/2/10_134/_pdf
・小笠原豊道「インストラクショナルデザインによる企業での学習支援」
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jadcs/4/0/4_75/_pdf/-char/ja
・ITスキル研究フォーラム 成人学習の効果を高める「ガニエの9教授事象」
https://www.isrf.jp/home/column/ando/27_20110818.asp
・株式会社 HEART QUAKE 研修企画時に知っておきたい「ガニエの9教授事象」
https://heart-quake.com/article.php?p=1225
・リープ株式会社 効果的な学びの9つのプロセス
https://www.leapkk.co.jp/2020/05/13/robert-m-gagne/