「DXを推進するには、そもそもの組織デザインが重要らしい」
近年、多くの企業でDX(デジタルトランスフォーメーション)が推進されています。社内のデジタル化を進め、人材を最大限に生かして業務効率の向上やイノベーションを実現するためにも、組織デザインは重要な役割を果たします。
組織デザインというと「組織図をつくる」というイメージを持つ人もいるかもしれません。
しかし、組織デザインは、組織を1枚の図で捉えるより、人と人が関わり合いながら成果を導く有機的なネットワークと捉える方が適切です。
本稿では、組織デザインの要素やフレームワーク、またDX推進における組織デザインとはどのようなものかも解説していきます。企業の人事担当者やマネジャークラスの方は、ぜひ参考にしてみてください。
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1. 組織デザインとは?
組織デザインとは、戦略に沿って組織のあり方を設計することです。企業の場合、自社の目標を達成するために、従業員一人一人が個性を生かしながら協働できる仕組みづくりと言えるでしょう。
企業における組織デザインの基本的な考え方、およびDXを推進していく上での組織デザインの重要性について解説します。
1-1. 戦略的な組織デザインとは
ボストンコンサルティングによる、従業員数1000人以上の企業の経営者や従業員を対象とした調査結果[1]から、業績の高い日本企業を支える組織デザインには以下の三つの特徴があることがわかりました。
1.戦略に即した損益責任の明確化や権限の付与がなされている
2.本社は企業価値を高めるように機能している
3.アジャイル(変化に素早く対応できる)な働き方が定着している
こうした結果からも、組織デザインが、社内のさまざまな機能や働き方の改善につながることがわかるでしょう。
1-2. DX時代に必要な組織デザイン
AIをはじめとする飛躍的な技術革新により、企業は改革に迫られています。
2022年の総務省の調査[2]によると、日本企業がDXを推進する上での障壁として、以下のような項目が挙げられています。
図1 デジタル化を進める上での課題や障壁(日本のみ抜粋)
総務省「国内外における最新の情報通信技術の研究開発及びデジタル活用の動向に関する調査研究の請負成果報告書」, 2022年3月公表, p312を基にライトワークスにて作成, https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/linkdata/r04_03_houkoku.pdf(閲覧日:2023年9月27日)
企業がDX推進に取り組む上で、人材の確保・育成や企業文化の形成、組織目標の明確化や制度改革などに課題があることが示されています。
一方、2023年の経済産業省の調査[3]によると、DX推進に積極的でない企業とDX推進に積極的に取り組んでいる企業を比較したとき、特に「組織づくり・人材・ 企業文化に関する方策」の複数の項目に大きな差が見られました。
こうした結果からも、DX推進のためには、組織が目的やビジョンを設定し、戦略的に人材の確保や育成、文化形成や制度改革を行っていく必要があると言えるでしょう。
これらは全て組織デザインに含まれます。企業がDXを推進する上で、組織デザインは組織を最適化する有効な手段となるでしょう。
またDXによって組織デザインを推進することも検討できます。例えば人事データをうまく利活用すれば、組織の課題解決や意思決定の効果を高めることができるでしょう。
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2. 組織デザインの要素とフレームワーク
ここからは、具体的に組織デザインに取り組む上で知っておきたい要素と、分析のためのフレームワークについて解説します。
2-1. 組織デザインの6要素
経営学者のアルフレッド・D・チャンドラーが「組織は戦略に従う」という名言を残しているように、組織のあり方はその戦略によって決まります。
組織の戦略を効率良く実践していくためには、下記の六つの要素が不可欠です。まず、これらをバランス良く設計することを意識しましょう。
- 構造
- 業務
- 人材
- 情報
- 意思決定
- 報酬
構造
組織の中の各部門にどのような機能を持たせるかという視点から、組織構造の枠組みを決めていきます。
業務
各人が行っている業務を見直し、成果を最大化できるように業務を再配分します。
人材
異なる能力を持つ人材を適切に管理し、力を発揮して成果につなげられるような仕組みづくりを行います。
情報
立場に応じて、各人が必要な情報を得られるようなシステムを構築していきます。DX推進においては、最も重要な要素です。
意思決定
変化のスピードが速い環境下で、経営陣の権限(トップダウン)と従業員のコンセンサス(ボトムアップ)のバランスを取りながら、柔軟に対応できる意思決定が求められます。
報酬
評価の体系ともいえます。成果報酬制度を取り入れる企業が増えていますが、従業員のモチベーションを高めるためには納得感のある評価が欠かせません。
実際に企業が戦略を実践していくプロセスでは、六つの要素を分業と調整の観点で整理すると進めやすくなるでしょう。
分業とは、目標を達成するためにメンバーが役割や責任を分担すること。そして調整とは、分割されたそれぞれの仕事をうまくつなげて、組織としての生産性を高めることです。例として次のような取り組みが挙げられます。
(表1)六つの要素から考えた組織デザインの取り組み例
構造 | 【分業】事業部を製品や地域、顧客別に分ける |
業務 | 【分業】既存業務の見直しと業務の再配分 |
人材 | 【分業】個々のスキルや経験を把握して適材適所に配置 |
情報 | 【分業】ポジションに応じた情報獲得レベルの策定 |
意思決定 | 【分業】スピーディーな意思決定のための権限委譲 |
報酬 | 【分業】個々の役割に応じた能力や成長を評価する |
2-2. マッキンゼーの7S分析
組織デザインを行う上で、七つの経営資源に目を向けた分析フレームワークを提案しているのが、マッキンゼーの7S分析です。
このフレームワークでは、共通の価値観(Shared Value)を組織設計における判断の指標とした上で、戦略や構造などのハード面のみならず、人材や経営スタイルといったソフト面も考慮することを提唱しています。
【ハードの3S】
・組織構造(Structure):組織そのものの枠組み
・戦略(Strategy):組織の目的をいかに実践していくかという道筋
・制度(Systems):事業を運営していく上でのルールや仕組み
【ソフトの4S】
・共通の価値観(Shared Value):組織の目的やビジョンによって示される基本概念
・組織能力(Skills):商品やサービスを含む企業全体の顕著な能力
・人材(Staff):従業員が能力を生かし、モチベーションを高めて生み出す成果
・経営スタイル(Style):組織の風土的、文化的特質
これらは個々に独立したものと捉えるのではなく、共通の価値観(Shared Value)を中心にすべてが繋がっている要素と考えます。
7S分析では、これらの要素について、現状と望まれる姿のギャップを見つけていきます。個々の要素はもちろん、他の要素とも整合性を持ちながら、それぞれに矛盾なく機能していることが重要です。
このギャップをいかに埋めていくかが、組織デザインへとつながっていきます。
3. DX推進における組織デザイン
DX推進を目的とした組織デザインを行う場合に、意識したい四つのポイントを押さえておきましょう。
3-1. 経営側が明確なビジョンを設定する
DX推進に失敗する大きな要因に、ビジョンとDX推進の不協和があります。
組織デザインの設計基準には共通の価値観があり、それは企業が何を目的にしているかというビジョンによって示されます。
つまり、DXの推進は、企業のビジョンと合致していなくてはなりません。まずは組織のビジョンについてあらためて考察し、DXの推進がいかに組織の目的とつながっているかを明確にしましょう。
例えば、富士フイルムグループでは「DXビジョン」[4]に「イノベーティブなお客さま体験の創出と社会課題の解決」を掲げ、それを実現するために各部門で以下のようなDXを推進しています。
・製品・サービス…AI技術等を用いた高付加価値サービス提供
・業務…飛躍的な生産性向上によるクリエイティブ業務へのシフト
・人材…多様なDX人材育成・獲得
ビジョンの実現に向けた現状と課題、そのギャップを埋めるための戦略のプロセスにおいて、DX推進がいかに必要であるか、説得力を持たせることが大切です。
3-2. DX推進のための構造改革
企業がDXを推進していく上での組織構造として、三つの代表的な編成が挙げられます。
IT部門拡張型:既存のIT部門や情報システム部門を拡張させる
事業部主導型:営業やマーケティングなど、既存の事業部がDXを主導
専門組織設置型:新たにDX推進に特化した専門組織を設置する
どの組織編成を選択するかについて、それぞれのメリットとデメリットを表にまとめました。これらを考慮した上で、自社に最適なタイプを選びましょう。
(表2)DX推進のための組織編成のメリットとデメリット
メリット | デメリット | |
IT部門 | ITツールの導入やデータ解析に強いメンバーがいる | ビジネスや顧客の視点に欠ける |
事業部 | 市場の動向や顧客の視点を熟知している | デジタル領域の知識やスキルが足りない |
専門組織 | 目的が明確であり、メンバーがDX業務に集中できる | 配置するメンバーの選別・確保が難しい |
3-3. DX人材の確保・育成とエンゲージメントの向上
前項の表2で示されているように、DX推進の組織デザインにおいて鍵となるのは、適切な人材の配置です。ITツールやデータ活用、システム構築などの分野に知見・スキルを持つDX人材をいかに確保、育成できるかは、DX推進の成否を握る鍵となります。
そのため、まずは在籍している社員の経験やスキルを正確に把握し、即戦力となる人材、育成によって力が発揮できる人材などを見極めましょう。
現状を把握した上で、新たな人材の採用や既存の人材の育成計画を立て、DX推進のための人材戦略を策定します。特に、DX推進によってエンゲージメント(会社に対する愛着心の伴う貢献意欲)を高められる人材を発掘することが大切です。
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3-4. トップと現場の温度差をできるだけ小さくする
DX推進を成功させるためには、経営陣の示すビジョンに共感し、従業員が新たな戦略を自分事として捉えることが必須です。
組織デザインでは、人材育成や制度改革などの戦略プロセスを実践するためのさまざまな環境を整えます。ここには、トップと現場が価値観を共有するための仕組みづくりも含まれます。
具体的には、さまざまな場を使って対話の機会を増やします。ここでデジタルツールをうまく使えば、重要なメッセージを各事業部や個々の従業員に一方的に通達するのではなく、互いに必要な情報の共有やコミュニケーションの活性化を促す工夫ができるでしょう。
IT技術によってトップと現場が意識を共有することに成功したならば、それだけでも企業のDX推進を強力に後押しすることになります。
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4. 組織デザインの企業事例
企業の実態に合わせ、さまざまな工夫をしながら組織デザインを進めている企業事例をご紹介します。
4-1.アステラス製薬株式会社
アステラス製薬は、組織として掲げた「経営計画2021」において、人材に関する「組織健全性目標」を設定し、文化やマインドセットといったソフト面の強化を目指しています。
具体的なアクションとして、社長と従業員が直接対話を行う「Dialogue with CEO」や、リーダーが従業員の質問に答える「Ask Me Anything」などのセッションを開催し、コミュニケーションの活性化を図っています。
また複数の部門間での共通目標として「Shared Objectives」を設定し、互いに協力し合える仕組みを構築しました。
組織の構造改革としては、人事部門の役割を進化させ、戦略を実現するビジネスパートナー化を促進しています。HRデータを活用して経営層の意思決定や課題解決に活用することを推進し、分析をより高度化させるために、ピープルアナリティクスのスキルを持つ従業員を増やしています。
4-2. 沖電気工業株式会社
工場間の横連携を検討していた沖電気は、「バーチャル・ワンファクトリー」構想を掲げました。この構想の下で、工場ごとに分かれていた設計情報を共有化するため、各工場の生産形態の特徴や製造に対する考え方、知見等を整理・把握した上で、工場間の融合を推進しています。
具体的には、生産・技術・品質の各部門間で交流会を実施して施策の水平展開をする【部門間融合】、生産状況を「みえる化」して工場間の生産応援を可能とする【生産融合】、自社工場で試作生産を行って効率化とスピードアップを測る【試作プロセス融合】、異なる生産管理システムの統合を検討する【IT融合】などの取り組みを行っています。
デジタル化専門の生産技術人材は少ないため、プロジェクトごとに各生産拠点の現場から人材を拠出し、自社の研究開発部門と連携させる工夫をしました。そのことによって、全社的なスキルの底上げを実現しています。
4-3.味の素株式会社
味の素は、人・社会・地球の Well-beingに貢献することを志し、デジタル、DX関連の知識、情報の獲得、人的能力拡大への無形資産への投資を拡大しています。
組織の構造変革としては、CDO(Chief Digital Officer)がリーダーを務める DX 推進委員会を設置しました。そして本社3本部の縦ラインを、DX推進委員会の他、事業モデル変革タスクフォース、全社オペレーション変革タスクフォースが横串を通す形で、事業変革をサポート しています。
またDXを実践するのは一人一人の従業員という観点から、2020年度より「ビジネスDX人財」「システム開発者」「データサイエンティスト」の育成を開始、すでに多くの従業員が認定を取得しています。
5. まとめ
組織デザインとは、戦略に沿って組織のあり方を設計することであり、従業員一人一人が個性を生かしながら協働できる仕組みづくりといえます。基本的には、組織の戦略を明確化し、分業と調整のバランスを取っていきます。
業績の高い日本企業の特徴を見ると、組織デザインによって組織が最適化されれば、社内のさまざまな機能や働き方の改善につながることがわかります。
一方、企業がDX推進に取り組む上で、人材の確保・育成や企業文化の形成、組織目標の明確化や制度改革などに課題があることも示されています。これらは全て組織デザインに関連するものです。
組織の戦略を効率良く実践していくための六つの要素として、構造・業務・人材・情報・意思決定・報酬を挙げ、それぞれ分業、調整という視点から考えたときの取り組みをご紹介しました。
またマッキンゼーの7S分析では、下記の七つの経営資源に目を向けた分析フレームワークを提案し、現状と望まれる姿のギャップを見つけていくことを解説しています。
【ハードの3S】
・組織構造(Structure)
・戦略(Strategy)
・制度(Systems)
【ソフトの4S】
・共通の価値観(Shared Value)
・組織能力(Skills)
・人材(Staff)
・経営スタイル(Style)
DX推進という目標を持って組織デザインに取り組む場合の四つのポイントとして、ビジョンの明確化、構造改革、人材の確保と育成、トップと現場の価値観の共有について解説しました。
構造改革においては、DX推進の組織編成としてIT部門拡張型・事業部主導型・専門組織設置型の三つのタイプを挙げ、それぞれのメリットとデメリットも解説しています。
最後に、アステラス製薬、沖電気、味の素の三つの企業の組織デザインの工夫についても、ご紹介しました。
DX推進をはじめ、近年、組織を取り巻くさまざまな課題は複雑さを増し、個々の要素では解決できなくなっています。組織デザインへの取り組みは、あらゆる要素をつなげて組織の最適化を実現することにつながっていきます。
こうした組織の変革は、従業員のエンゲージメントを高めるものとなるはずです。
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[1] ボストンコンサルティング グループ「業績の高い日本企業を支える組織デザイン上の 3つの共通点を抽出 1.戦略に即した責任・権限の付与、2.企業価値を高める本社機能、 3.アジャイルな働き方~BCG 調査」, 2018 年 3 月 27 日公表, https://web-assets.bcg.com/img-src/JPR180327-Organization-Survey_tcm9-187825.pdf(閲覧日:2023年9月5日)
[2]総務省「情報通信白書令和4年版」, https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/r04/html/nd238210.html(閲覧日:2023年9月5日)
[3]経済産業省「デジタルトランスフォーメーション調査2023の分析」, 2023年5月31日公表, p12, https://www.meti.go.jp/policy/it_policy/investment/keiei_meigara/dx-bunseki2023.pdf(閲覧日:2023年9月5日)
[4] 富士フイルムホールディングス株式会社「DXビジョン」, https://holdings.fujifilm.com/ja/about/dx/vision(閲覧日:2023年9月11日)
参考)
HR NOTE「組織デザインとは?成功させるための6要素と組織改革の4要素」, https://hrnote.jp/contents/b-contents-soshikikaihatsu-soshikidezain-190628/(閲覧日:2023年9月5日)
ビジネス+IT「マッキンゼーの7Sとは何か?図でわかりやすくフレームワークを詳解」, https://www.sbbit.jp/article/cont1/30243(閲覧日:2023年9月5日)
SCEED「社内でDXを推進する『DX体制』の作り方と3つのパターンについて解説!」, https://sceed.co.jp/organizing-for-digital-transformation/(閲覧日:2023年9月5日)
経済産業省「人的資本経営の実現に向けた検討会 報告書 ~人材版伊藤レポート2.0~ 実践事例集」, 2022年5月公表, https://www.meti.go.jp/policy/economy/jinteki_shihon/pdf/report2.0_cases.pdf (閲覧日:2023年9月5日)
経済産業省「製造業DX取組事例集」, https://www.meti.go.jp/meti_lib/report/2019FY/000312.pdf (閲覧日:2023年9月5日)
経済産業省「DX銘柄2023」, 2023年5月31日公表, https://www.meti.go.jp/policy/it_policy/investment/keiei_meigara/dxstockreport-2023.pdf (閲覧日:2023年9月5日)
味の素株式会社「味の素グループのデジタル変革(DX)」, https://www.ajinomoto.co.jp/company/jp/aboutus/dx/(閲覧日:2023年9月5日)