「うちの職場はモチベーションが高いので満足している」というマネジャーの方はいらっしゃるでしょうか。
そのような方には、残念な事実をお知らせしなければなりません。
それは、日本企業のエンゲージメント(=仕事や会社に対する思い入れ・愛情などの積極的な感情)は世界で最も低いということです。タワーズワトソンやマーサといった世界的な人事系コンサルティング会社がエンゲージメントの調査を継続して行っているのですが、一貫して日本企業のエンゲージメントは最低レベルに沈んでいるのです。
仕事に対する思い入れの低い人間のモチベーションが高いとはとても考えられません。したがって、「うちの職場のモチベーションは高い」という認識に間違いはなくても、それはJリーグで「俺たちのパスの精度はトップクラスだ」と豪語しているようなものなのです。世界を相手にした場合は洒落にもならないのです。
そのようなわけで、日本企業で働くわれわれにとって、モチベーションは誰もが真剣に考えなければならない課題のひとつと言えます。
本稿ではモチベーションを上げるための方法についてわかりやすく説明します。自然科学のように決定論的に答えが出るテーマではないので、こうすれば絶対にうまくいくと断言することはできません。しかし、モチベーションというものを構造的に理解することで、モチベーションを上げるための実践的なヒントを手に入れられることは間違いないと思います。
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目次
1. モチベーションを理解する視点
最初に言いたいことは、モチベーションをどのように捉えるかということです。コミュニケーションやリーダーシップなどと同じように、モチベーションは身近に感じられるテーマです。誰でも議論できる話題であるだけに、床屋談義が横行する危険性があると言えます。
そこで本稿では理論とベンチマーキングという演繹的なアプローチと帰納的なアプローチの両方を使ってモチベーションの真相に切り込んで行きたいと思います。
1-1. モチベーションの理論
まずは理論の世界をのぞいてみましょう。モチベーションに関するアカデミックな見解を調べるとおもしろいことがわかります。それは、手に余るほど様々な理論があるということです。有名なものだけでも次のような具合です。(順不同)
- マズローの欲求の5段階説
→人間の欲求は5段階あって、人間はより上位の欲求を満たそうとして行動する。第4段階が承認の欲求で、究極の第5段階が自己実現の欲求。 - マクレガーのX理論、Y理論
→人間は命令と統制だけで動く(X理論)ものではない。自分で目標を設定し、目標達成に責任を取ろうとする(Y理論)。 - ハーズバーグの二要因理論
→仕事においては、満足をもたらす内発的な要因(動機づけ要因:達成、承認など)と不満をもたらす外発的な要因(衛生要因:賃金、作業条件など)が独立して存在する。 - マクレランドの達成・親和・権力欲求理論
→目標の高さ、やり方の独自性、期間の長さが達成動機の基準となる。 - ロックの目標設定理論
→モチベーションを左右する目標の特徴は、困難度(チャレンジの基準)と具体性(特定性の基準)。 - ブルームの期待理論
→誘意性(対象の魅力)×期待(達成できる主観的可能性)=遂行力(モチベーション) - デシの内発的動機理論
→内発的動機の本質は有能感と自己決定にある。 - アダムスの公平理論
→努力に対する報酬に不公平感があると、それを解消しようとする。 - ドゥエックの成功心理学
→能力の成長は心のあり方(マインドセット)で決まる。
モチベーションは、専門家によってもこれだけ見解の相違があるものなのです。言い方を変えると、モチベーションについての決まった答えはないということになります。だからこそモチベーションを議論することは難しいと言えます。
この難問に対して、モチベーションをはじめとする組織行動論の第一人者である神戸大学の金井壽宏教授は、人がどのような要因で動機付けられるのかは様々なので「十人十色のモティベーション論を知っておいたほうがよい」と言っています。
そこで本稿では、特定の理論に従ってモチベーションを論じることはしないで、メタ分析[1]的にこのような専門家によって提起された課題やキーワードを抽出し、それを手掛かりにして実務家の立場からモチベーションを考えたいと思います。
本稿で取り上げるモチベーションに関する課題およびキーワードは次の通りです。テクニカルな意味を持つ専門用語はほとんどありません。ビジネスの会話で使っている通りの理解でOKです。
1-2. モチベーションのベンチマーキング
モチベーションの理論から課題やキーワードを導いたならば、それらを使ってモチベーションの全体像を理解できる仮説モデルを構築する必要があります。そのためには、モチベーションが極めて高い人をベンチマークにするのが理に適ったやり方と言えます。
本稿では、世界的なベストセラーになった「やり抜く力 GRIT」(A・ダックワース, 2016)で述べられている「やり抜く力を持った鉄人たち」をベンチマークにします。やり抜く力(=GRIT)を持った鉄人たちのモチベーションが極めて高いことは間違いないからです。ベンチマークとして「やり抜く力GRIT」を選んだ理由についても言っておくと、ベストセラーとして世界的な支持を得ている考え方であるだけでなく、次に述べるように日本のお家芸といってよいモデルが活用できるからなのです。
「やり抜く力GRIT」によると、やり抜く力を持った鉄人たちは一人の例外もなくKaizenを行っているとのことです。Kaizen(改善)とは日本語がそのまま英語になった言葉で、正確に言うと、「目標を現状より高い水準に設定して、課題を特定し、課題達成を繰り返し行う活動」(日本品質管理学会)を指します。そうすると、「やり抜く力(GRIT)を持った人=モチベーションが高い人=改善活動を行う人」というロジックが成り立つので、日本の現場の人たちが心血を注いで開発した改善活動のモデルがモチベーションに活用できることになります。
日本品質管理学会による改善活動のプロセスは概ね次のようになっています。
(図表1)改善活動のプロセス
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2. モチベーションの真相
理論が提起した課題・キーワードとベンチマークとする改善活動に基づいて、モチベーションが生起するプロセスをモデル化すると、次のようなフレームワークが考えられます。これが直接的にモチベーションの構造を表しているわけではありません。誰もが職場で仕事をするときに遭遇する局面を順番に並べているだけです。モチベーションはそれぞれのステップにおいて、誰がどのように対処するかで決まることになるので、このフレームワークに基づいてモチベーションの真相に切り込むことができます。
(図表2)モチベーションを考えるフレームワーク
モチベーションがどのように形成されるかについて、それぞれの項目について説明して行きましょう。
ステップ① 目的の設定
改善活動の「課題の選定」に相当するのが「目的の設定」です。目的がなければモチベーションは成立しません。「心理学辞典(有斐閣)」によると、モチベーションとは「行動を一定の方向に向けて生起させ、持続させる過程や機能の全般」とされています。行動を一定の方向に向けるためには何らかの目的が不可欠です。これについては、わざわざ辞書を持ち出さなくても誰もが直感的にわかることだと思います。
仕事のモチベーションにおける「目的」とは、「なぜその仕事に取り組むのか?」という問いに対する自分なりの最終回答と言ってよいでしょう。自分がビジネスのプロとして究極的に目指すゴール、あるいはミッションと捉えることもできます。自分にとって価値のある究極の目標があればこそ、それを目指してやる気(モチベーション)が湧いてくるというわけです。それに関連してしばしば引用されるのが、P・ドラッカーも好んだ石切り工の話です。
二人の石切り工がいた。なぜそんなにきつい仕事をしているのかと尋ねたら、一人は「生きて行くためには仕方がない」とつらそうに答えた。ところが、もう一人は目を輝かせてこう言った。「大聖堂を作っているんですよ」
この小話が示唆するように、自分にとっての大聖堂がモチベーションの原動力となります。逆に言うと、大聖堂という目的を見つけることができなければ、モチベーションを形成することは難しいと言えます。
部下にとっての目的をビジネスの文脈で言うと、どのようなキャリアを目指したいかということになります。つまり、キャリアデザイン(記事「リーダーになるすべての人に知ってほしい 部下を育成するキャリアデザイン」参照)です。キャリアデザインの基本は自己決定と相互依存です。したがって、キャリア(部下の目的)を決めるのは部下自身です。自らの責任において設定してこそ目的がモチベーションの源泉となります。同時に、キャリアは自分だけで決まるものではありません。現実的には他者との関係において決まります(相互依存)。
他者であるマネジャーはメンターとして部下の目的設定に影響を与えることになります。部下が自分のキャリア像を描けていないからといって、マネジャーが会社の都合に合わせて特定の目的を強制することはできません。目的設定についての権限と責任は部下自身にあります。
目的の設定についてマネジャーが注意すべきことは、「目的はもうひとつある」ということです。それは会社(組織)の目的です。部下が自らの目的を追求することでモチベーションが上がるのはよいことですが、それが会社の目的達成に結びついていなければ意味がありません。部下(個人)の成功と会社の成功が一致する必要があります。また、経験の浅い部下は会社がどのような「大聖堂」を建設しようとしているのかがイメージできないこともあります。したがって、部下のモチベーションを上げるために、マネジャーには次のことが求められます。
- 部下のキャリアデザインについてのよき相談相手となる
- 会社の目指している「大聖堂」について部下に説明する
- 部下の目的と会社の目的がWin-Winの関係になっていることを確認する
ステップ② 現状能力の把握
目的の実現を目指すために、まずは現在の能力を把握する必要があります。これについては改善活動と同じです。
製造現場の改善活動では、製品の不良率や歩留まりといった客観的なデータで現状の能力を把握することができます。ところが、ビジネス全般を対象とすると、求められる能力も様々ですし、アプローチの仕方も様々です。そのため、ビジネスの能力を客観的な物差しで把握することは容易ではありません。客観的な把握が難しい場合は、自分の能力に対してどのような認識をしているかという主観的な能力の把握が現実的な対応となります。どのぐらいやれそうかという手ごたえ(主観的成功確率)と言ってもよいでしょう。
現状能力の把握は次のステップである「目標の設定」と関係してきます。現状能力について納得感のある認識があって、初めて適切な目標の設定が可能になります。
ステップ③ 目標の設定
目標の設定も改善活動と同じプロセスと言えます。究極の目的が直ちに実現することはありません。目的に至る困難で長い道を細かく分解することで具体的な目標を設定することができます。「千里の道も一歩から」の一歩目をどこまで行くかを実際に決めるわけですから、「何を、いつまでに、どのように」が明確になっていなければなりません。ビジネスの現場では、販売予算、作業計画、目標件数、ノルマなどの形態を採ることになります。
日本品質管理学会の小集団改善活動指針は、改善を「目標を現状よりも高い水準に設定して課題達成を繰り返し行う活動」と規定しています。したがって、目標の設定は現状の能力を超える高い水準で設定することがポイントになります。目標が現状の能力の範囲内であれば能力は成長しません。能力の成長がなければ難易度の高い究極の目的に到達することも不可能です。目標の設定においてはチャレンジすることが求められます。
目標の設定に際しては、部下が自分でコントロールできるようになっている必要があります。つまり、自らの判断で目標を設定することがヤル気に結び付きます。同時に、マネジャーは目標が部下の現状の能力よりも十分に高いレベルになっていることを確認したうえで承認しなければなりません。
ステップ④ アクション
目標を設定したら、目標達成に向けて行動を開始します。アクションにおけるポイントは、「部下がアクションをコントロール」できるということです。自分の裁量で判断できなければやる気は湧きません。
ステップ⑤ 失敗
現状の能力よりも高い目標を設定したわけですから、アクションの結果は必ず失敗となります。この失敗に対してどのように対処するかがモチベーションの決定的な鍵を握ることになります。
ここで問われるのは、人間の能力をどのように捉えるか、失敗をどのように捉えるかというマインドセット[2]です。このマインドセット如何によってモチベーションが上がるか下がるかの運命が決まります。
モチベーションが上がるマインドセットは、「しなやかなマインドセット」と呼ばれています。しなやかなマインドセットは、人間の能力は努力しだいで伸ばすことができると考えます。失敗に対しては、学習の機会、成長するためのチャンスと捉えます。
これに対して、モチベーションが下がるのは、「硬直的マインドセット」と呼ばれています。硬直的マインドセットは、人間の能力は固定的で変わらないと考えます。そのため失敗したらその時点で終わりです。能力が変わらないのであれば、それが当然の帰結となります。
硬直的マインドセットに支配された人間は、失敗に関して次のような反応を示します。
失敗したのは自分が無能だからだと決めつけて、失敗から学んで次に挽回しようとしない。
常に「しくじってはならない」という強迫観念に苛まれる。
失敗することで自尊心を傷つけられることを恐れるので、チャレンジしない。
結果がすべてと考えるので、結果がなかなか出ない困難な状況に陥ると簡単にあきらめてしまう。
自尊心を維持するために、失敗を外部環境や他人のせいにする。
自分の誤りを認めようとしないで、嘘をついてごまかす方向に走る。
能力は変えられないと思っているので、他人からの評価を恐れる。上司からの忠告に心を開かない。
成功は自分の能力の証と考えるので、成功すると一転して「自分は人よりも優れている」と上から目線になる。
自分の優秀さが証明されないと面白くない。
これに対して、しなやかなマインドセットを持った人間は次のように考えます。
失敗は終わりではなく、そこから何かを学んで成長するための出発点と捉える。
成長できると信じているので、失敗しても情熱を失わない。
能力は伸ばせると考えているので、自分の現状の能力を過大評価したりしない。
失敗することを恐れないので、新しいことにチャレンジすることに躊躇しない。
他人からどう評価されるかよりも、自分を向上させることに関心を持つ。
成長したいので、他人から貪欲に学ぶ。上司の忠告を歓迎する。
努力して自分を成長させることができれば成功と考える。
硬直的マインドセットに支配されると、チャレンジして能力を伸ばす、あきらめないで粘り強くやり抜く、ということは期待できません。それではモチベーションを維持・向上することは困難です。
一方、しなやかなマインドセットを持っていると、自分は必ず成長できると信じているので、積極的に新しいことにチャレンジし、困難な状況に陥っても粘り強くやり抜くことができます。失敗や批判も成長の糧にすることができます。時に落ち込むことはあっても、モチベーションは維持されることになります。
しなやかなマインドセットが必要なのは、部下だけではありません。上司であるマネジャーにもしなやかなマインドセットが求められます。なぜならば、モチベーションは部下と上司の共同作品だからです。
硬直的マインドセットを持ったマネジャーは「プロは結果がすべて」という美名のもとに、部下の失敗に対してきつく当たります。販売予算を達成できなかったり、開発計画に遅れが生じたりすると部下を厳しく叱責します。上司からの叱責が続くと部下のほうも硬直的マインドセットに支配されるようになります。
その結果、部下は失敗から学んで成長しようとはしないで、上司からの評価をひたすら恐れるようになります。できるだけ失敗しないよう、リスクには挑戦しないで、手堅く行こうとします。これでは高いモチベーションはとても望めません。
「失敗」は改善活動の「要因の解析」に相当します。目標と現実の間に生じたギャップの根本的原因を特定して、対策を考えるのが改善活動における要因の解析です。当然のことながら、そこには失敗というネガティブな感覚はありません。ギャップを克服するためにどのようにチャレンジしたらよいかという前向きな姿勢でお互いに知恵を絞ります。製造現場の改善活動はしなやかなマインドセットで行われていると言えます。
ステップ⑥ 練習
失敗から学んだことを踏まえて能力アップのトレーニングをします。それによって再び目標に向かって行動します。
スポーツに例えると、敗戦から学んだ教訓を踏まえて練習メニューを作成し、それに従って猛練習を重ねるということです。ビジネスで言えば、外国語の習得、ITの資格取得、文章力の向上、交渉力の強化、プレゼンテーションのスキルアップ、などいろいろな挑戦課題が考えられます。
目標は高い水準に設定されていますから、それをクリアすることは容易ではありません。なかなか到達できない具体的な目標を背負うことは誰にとっても大きなストレスになります。落ち込んであきらめたくなることもあります。そのため、練習においてはストレスのマネジメントがポイントになります。
きつい練習のストレスに対処するための方法として有効なのがルーティーン化です。できたらやりたくないようなきつい練習を毎日、同じ時間に、同じ場所で、同じメニューでこなすことを習慣化するわけです。イチロー選手がよい手本と言えます。ビジネスの常識を身に付けることが課題であれば、毎朝15分早く起きて日経新聞を読む、交渉力の強化であれば、就寝前にハーバードの参考書を読む、営業力の強化であれば、必ず客先毎にスクリプト、質問表、ログを作成し、上司からのフィードバックをもらうようにする、などの対応が考えられます。
マネジャーは部下の成長を請け負うコーチとして練習を指導します。部下の練習方法についてアドバイスをしたり、練習の成果に対して積極的にフィードバックを行ったりすることが期待されます。フィードバックを通して部下の成長を応援するマネジャーの姿勢が部下のモチベーションを支えることになります。(記事「部下をヤル気にする最強のツール『フィードバック』 」参照)
ステップ⑦ 目標達成
猛練習の成果が実って目標が達成される時がいずれ訪れます。
目標を達成した部下は会社から評価されます。それは部下の承認の欲求に応えることになるので、モチベーションに対して効果があります。しかし、その効果は短期的なものに留まります。
なぜならば、目標達成という結果に対する評価だからです。それよりも効果的なのは、部下の努力に対して評価をすることです。結果が出るかどうかは時の運次第という側面がありますが、努力はいつでもできるからです。結果を出したければ「目標を低く設定しよう」という誘惑が生じますが、努力が評価されれば、さらに努力しようという気になります。会社は部下の努力にまで目が届きません。部下の努力を評価できるのはマネジャーだけです。
ステップ⑧ 成長実感
目標達成を能力の観点から見ると、能力が成長して目標を達成できるレベルに到達したということになります。そのときに自分が成長したことを実感します。プロとして一皮むけたということです。しなやかなマインドセットの持ち主にとっては、最もうれしい瞬間になります。自らの成長を実感することで、プロとしての自信が形成されます。こうして次のさらに高い目標にチャレンジしようというモチベーションが形成されるのです。
マインドセットで読み解く日本企業の社内格差
1980年代の”Japan As Number 1”のときでさえ「日本の工場は世界一だが本社は???」と言われていました。その傾向は今日まで続いているようで、例えば東芝の混乱に対しては「一流の技術に三流の経営が組み合わさった悲劇」というコメントがされています(日経新聞2017年10月17日「東芝半導体売却」)。同じ会社で人の交流もあるのに、場所によって格差が生じるというのは不思議と言えば不思議です。その秘密はどこにあるのでしょうか。
日本の工場のオペレーションの基本となっているのは改善です。改善は現状がスタートラインなので、そこからコストダウンや品質向上などの成果を積み上げて行くことになります。改善活動は現場の人々に委ねられており、管理職はそれを積極的に応援する役割を担います。工場経験のある筆者には、改善の金額よりも改善提案の件数が重視されていた記憶があります。とにかくチャレンジすることが大事だという洞察があったからです。本稿で述べたように、改善活動はしなやかなマインドセットで取り組まれていると言えます。
一方、本社のオペレーションの基本となっているのは予算管理主義です。予算という目標を設定し、予算を手掛かりにして事業運営を行います。大きな組織を統制するために予算管理主義はパワフルで便利なものですが、その強みがあだとなりがちです。予算管理主義の危ないところは、予算が達成できなければ叱責し、それでも事態が好転しなければ人をすげ替えればよいという安易な手口がまかり通ることです。そのような組織は硬直的なマインドセットに支配されることになります。
マインドセットの違いが残念な社内格差を生んでいるのではないでしょうか。
3. 部下のモチベーションを上げる方法
部下のモチベーションを上げるために、マネジャーにはモチベーションのモデルに従った行動をすることが期待されます。そのためには、部下に対して次のような問いかけを定期的に行うことで、部下と一緒にモチベーションの課題をフォローすることが有効です。モチベーションは上司と部下の共同作品です。お互いに協力をしなければ成果を上げることは期待できません。
<部下に対する問いかけ>
- 目的
自分にとっての「大聖堂」は見つけたか?つまり、やりがいを感じ、実現できそうなキャリアプランを考えているか?
会社の成功に役立つような有意義な仕事をしていると感じているか? - 現状能力の把握
仕事をうまく進めるためにどうすればよいかわかっているか? - 目標の設定
設定した目標はチャレンジングかつ納得感のあるものになっているか? - 失敗
失敗を成長の機会とすることができているか?
上司は失敗を成長の機会と位置付けてくれているか?失敗からのラーニングに対して積極的にサポートをしているか? - 練習
足りない知識やスキルをどのように学習すればよいかわかっているか?
仕事を向上させたり、キャリアプランの実現に役立ったりするようなフィードバックを上司は積極的にしているか? - 目標達成
結果だけでなく、努力に対しても適切な評価をされていると感じているか? - 成長実感
自分の成長を実感できているか?それはキャリアプランの実現に結びついているか?
このような対話を通してモチベーションに関する課題が明らかになったならば、お互いにしなやかなマインドセットで対応することが望まれます。簡単に答えられる問題ではありません。マネジャーが正解を知らないことは部下もわかっています。大事なことは、部下を応援するというマネジャーの姿勢です。その姿勢が部下のモチベーションを支えるのです。
4. まとめ
本稿で提示したモチベーションのモデルをS・コヴィーが「7つの習慣」 で示した目標と目標達成能力の関係(P / PCバランス)を使ってまとめると次のようになります。P / PCバランスのPは原書ではProductionの略で、目標あるいは目的を表します。PCはProduction Capabilityの略で、目標を達成する能力を表します。
(図表3)目標と目標達成能力の関係
まず、究極の目標である目的は「大聖堂」ですからP大聖堂となります。
現状の能力はPC0となります。0からスタートするので、0時点での能力という意味です。
それに対して、最初に設定する目標はP1と表します。
そうすると、P1>PC0 の関係が成り立ちます。目標が現状の能力を上回るということです。そこから失敗、練習を経て目的が達成されます。そのときに、能力は目標のP1に見合ったレベルであるPC1に成長していることになります。
したがって、目標達成の段階においてP1=PC1の関係が成立します。
PC1はスタート時点での能力であるPC0 を上回りますから(PC1 >PC0)、これによって自分の成長が実感されます。
成長を実感すると自信が形成されるので、次の目標であるP2はPC1の水準を超えるチャレンジングなレベルで設定されます。
つまりP2>PC1となります。
そこから、このサイクルが繰り返されることで究極の目的であるP大聖堂に近づいていくというわけです。
そして、このサイクルを回す鍵を握っているのが、失敗を成長の機会と捉えるしなやかなマインドセットです。
しなやかなマインドセットを梃にして部下のモチベーションを上げる。これがマネジャーに期待される役割なのです。
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[1] 複数の研究の結果を統合したり比較したりすること。
[2] Someone’s general attitude, and the way in which they think about things and make decisions(ものごとに対する一般的な姿勢、どのようにものごとを考えて意思決定するか)ロングマン英英辞典
<参考文献>
金井壽宏(2016)「働くみんなのモティベーション論」 日経ビジネス人文庫.
太田肇(2011)「承認とモチベーション」 同文館出版.
DIAMONDハーバードビジネスレビュー編集部(2009)「新版 動機づける力」 ダイヤモンド社.
田尾雅夫(1993)「モチベーション入門」 日経文庫.
ロッシェル・カップ(2015)「日本企業の社員は、なぜこんなにもモチベーションが低いのか?」 クロスメディア・パブリッシング.
キャロル・S・ドゥエック(2016)「マインドセット『やればできる!』の研究」 草思社.
アンジェラ・ダックワース(2016)「やりぬく力 GRIT」 ダイヤモンド社.
スティーブン・R・コヴィー(2013)「完訳 7つの習慣 人格主義の回復」 キングベアー出版