「部下のヤル気を引き出すにはどうしたらよいだろうか」
「部下が目を輝かせて元気に働くようになる方法はあるのだろうか」
「部下を育成するために最も効果的なアプローチとはどんなものだろうか」
このように思っているマネジャーの方のために、強力なツールを紹介したいと思います。「そんな都合のいい方法なんかあるはずがない。あったとしても実践するのが難しいにきまっている」と思うかもしれません。しかし、心配は無用です。それを証明するために、次の質問に答えていただきたいと思います。
「これまでのビジネス人生を振り返って、うれしかったこと、はげみになったことは何ですか?」
いかがでしょうか。回答は次のようになったはずです。
- 褒められた(上司やお客さんに)
- いい仕事をして評価された
- 一人前として認められた
なぜならば、これまでに何百人ものマネジャーの方に聞いたのですが、その答えはほとんど同じになるからです。
このようなポジティブな体験をしたとき、あなたはヤル気がわいたと思います。元気一杯になったと思います。一皮むけたと成長を実感したはずです。自分が経験してうれしかったことを今度はマネジャーとして部下にも経験させるのです。これがフィードバックです。
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1. フィードバックの基本
1-1. フィードバックとは何か?
フィードバックを定義すると、「相手の行動に関して自分の意見を言葉で伝達する方法」となります。それは、相手を大切に思い、成功するように援助したいという気持ちの表れでもあります。
後ほど説明するように、フィードバックには肯定的なメッセージを与えるもの(ポジティブフィードバック)と改善を促すもの(ネガティブフィードバック)があります。
1-2. フィードバックの戦略的意義
フィードバックの戦略的意義を認識するために、日本企業が抱えるシビアな現実を見ておきましょう。
今日の欧米企業では、「エンゲージメント」という考え方が非常に重視されています。
エンゲージメントというのは、「仕事に対するヤル気、会社に対する愛着心」といった意味合いです。
従来の考え方である「満足度(ES:Employees Satisfaction)」と違って、「ヤル気」というもっと自発的な、強い気持ちに着目しているところがポイントになっています。
エンゲージメントについては世界的な人事系コンサルティング会社がグローバルに調査を継続的に行っているのですが、日本企業の社員のエンゲージメントは世界で最も低いという結果が出ています。
(ロッシェル・カップ2015『日本企業の社員は、なぜこんなにもモチベーションが低いのか?』クロスメディア・パブリッシング )
タワーズワトソンの調査(2014年グローバル労働力調査)
「少なくとも2006年から2013年まで、日本はグローバル労働力調査の対象国中、最低スコアを記録し続けている(コンサルティングディレクター クリス・ピンツ)」
マーサーの調査
「世界22か国中で日本の社員のエンゲージメントレベルは最低。トップはインドで、メキシコが2位。アメリカはちょうど中間、日本が最下位を記録」
ヘイグループなど他の調査でも同様の結果となっています。
この調査結果を日本の大企業で披露するとおもしろいことが起こります。経営幹部の方々に見せると、「そんなはずはない」というのが基本的な反応となります。「世界で最も真面目で、長時間労働を厭わない日本人の社員のエンゲージメントが低いはずがない」というのがその言い分です。
ところが、同じ結果を若手社員に見せると「当然ですよ」という答えが返ってくるのが普通です。この認識ギャップは、エンゲージメントの調査結果が正しいかどうかということよりも、もっと深刻な問題だと思います。エンゲージメントの低い組織はライバルとして怖くありません。
フィードバックを積極的に活用することで部下のエンゲージメントを向上させることは、日本企業のマネジャーにとって大きな挑戦課題なのです。
1-3. フィードバックの4つのポイント
1-1で述べた「相手の行動に関して自分の意見を言葉で伝達する方法」という定義にもとづいて、フィードバックのポイントについて説明しましょう。ポイントは4つあります。
ポイント① フィードバックは「褒める」ことや「叱る」こととは違う
「褒める」も「叱る」も日常用語として使われています。そのため、「上司に褒められたのがうれしかった」というような言い方になるわけです。しかし、正確に言うとフィードバックは褒めたり叱ったりすることとは違います。
まず「叱る」から見てみましょう。アメリカ人に聞くと、「叱る」というのは大人が子供に対して行うものであって、大人が大人に対して行うものではないと言います。だからビジネスにおいて、「叱る」というのは場違いなわけです。
「叱る」を英語にするとscoldになると思いますが、フィードバックで行うのは、support(サポート)やadvice(アドバイス)です。
「褒める」については、日本人も大多数が子供に対して行う行為だと感じているはずです。だからこそ、大人の部下を褒めることに心理的な抵抗を覚えるわけです。
「褒める」を英語にするとpraiseあるいはcompliment(称賛する)になると思います。
しかし、フィードバックで行うのは、respectです。リスペクトは尊敬と訳されますが、ここで言っているリスペクトは「大事だと思う人を大切にすること(Oxford現代英英辞典)」、つまり、相手を「尊重」するということです。
ポイント② フィードバックは相手の行動に対して行うもの
フィードバックは、あくまでも相手の行動に対して行います。つまり、相手の能力、意図、人格、性格に対して行うものではないということです。さらに言うと、結果に対して行うものでもありません。
したがって、次のようなコメントはフィードバックではありません。
(a) 「君は優秀だね」
(b) 「君はヤル気があっていいよ」
(c) 「君はまだまだ詰めが甘いな」
(d) 「予算を達成できなかったのはダメじゃないか」
(a)と(b)はポジティブなコメントです。ポジティブなコメントをもらえれば誰だってうれしいものです。そういう意味においては悪くはないかもしれません。
しかし、具体的な行動と結びつけて言ってあげないと、言われた本人も「何が、どういいのか」がわからない場合があります。
その結果、本人が勘違いして慢心してしまう危険性もあります。あるいは、「何か意図があるのではないか」「褒め殺しではないか」と素直に聞いてもらえないかもしれません。具体的な行動に対してコメントすれば、そういう心配はありません。
(c)と(d)はネガティブなコメントです。否定的なことを言われて「なにくそ!」と思う人もいるかもしれませんが、そのような期待をしない方が無難です。
具体的な行動と結びつけないで「君は甘い」と言われても、当の本人は何がどう問題なのかが理解できないはずです。理解していなかったからこそ「詰めが甘い」という結果になったのではないでしょうか。
また、予算を達成しなかったことは結果です。「覆水盆に返らず」で、指摘したからといって結果がよくなるわけではありません。また、予算を達成しなかったことが望ましい結果ではないことは本人もわかっています。
本人が本当に知りたいのは、自分の行動のどこに問題があって予算を達成できなかったのか、どのように行動を改善すれば次は予算が達成できるようになるか、ということです。それを伝えるのがフィードバックです。
ポイント③ フィードバックでは「自分の意見」を伝える
フィードバックで相手に伝えるのは、自分の意見です。業務の指示やアドバイスを伝えるものではないということです。また、意見であって、非難、叱責、罵倒といった否定的な感情が絡んだものではないということです。
フィードバックに感情は不要です。淡々と相手に伝えるのがフィードバックです。自分の意見を伝える以上、その品質が勝負になります。部下の成長につながる建設的なフィードバックをするためには、相手に対する深い洞察が求められます。
ポイント④ フィードバックは言葉で相手に伝えるもの
当たりまえのようで難しいのが、「言葉で伝える」ということです。
年端もいかない子供にはポジティブなこともネガティブなことも言葉で伝える親ですが、配偶者に対しては、大人の思惑や気恥ずかしさから、言葉で伝えることが少なくなっていないでしょうか。
大人に対して自分の意見を言葉で伝えるのは意外と難しいものです。「言わなくてもわかってくれているはずだ」という安易な期待は、立場が弱くて不安を感じがちな部下には通用しません。
極論すると、それは優越的な立場にいるマネジャーの怠慢と言えます。
フィードバックが行われないとどうなるでしょうか。
せっかく望ましい行動を取っても、何の反応もなければ、「自分は評価されていないのではないか」と部下は不安な気持ちを抱きます。部下の不安が募れば組織の士気は上がらないでしょう。
逆に、望ましくない行動を取ってもフィードバックがなければ、部下は暗黙の裡に「是認されている」と判断します。
ある大企業のマネジャーの方に聞いた話ですが、その人の部下は出社すると朝の挨拶をしないでいきなりパソコンに向かうそうです。上司としてはいたくご不満のようですが、「その部下には何も言っていない」とのことでした。
そうすると、この部下は「職場では朝の挨拶はしなくてもOKなんだ」と判断しているはずです。基本動作の軽視が大事故につながるというプロの世界の厳しい掟を学べないこの部下は不運です。
また、上司が部下に不満を持っていると、組織の雰囲気も微妙なものになります。
(この部下にどう対処したらよいでしょうか。それについては4-2を参照のこと)
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2. ポジティブフィードバックの方法
2-1. ポジティブフィードバックの基本
ポジティブフィードバック(肯定的なフィードバック)は、相手の望ましいと思われる行動を具体的に指摘して、何がよいかを言葉で伝えることです。
それは人間の高次の欲求である「承認欲求」(下記の記事を参照のこと)に応えるものとなります。
そのため、心理学が言うところの「正の強化(positive reinforcement)」という効果をもたらします。相手の望ましい行動に対してなにかよいもの(褒美)を与えると、相手はその褒美を再びもらいたいと思って同じ行動をする、というものです。
こうして部下のモチベーションが向上します。ポジティブフィードバックを受けた部下は達成感を味わい、自尊心が向上します。
組織は一人ひとりの人間の集合体です。ポジティブフィードバックの集積が組織の雰囲気をポジティブなものに変えて行くことになります。
ポジティブフィードバックの留意点は、それが相手の成長を願うという誠実な気持ちから実行されるときに効果があるということです。だからこそ、フィードバックの基本である相手に対するリスペクトが重要になるわけです。
褒める文化の乏しい中で育った日本人にとって、ポジティブフィードバックは非常にチャレンジングなものとなります。そのため、次のウォームアップをすることで心の準備をするとよいでしょう。
ポジティブフィードバックのための準備練習
- 部下の長所を可能な限り挙げてください。
- 部下が望ましい行動を取れていなくても、そうしようと努力はしています。あなたは部下の努力に気がついていますか。部下の努力について可能な限り挙げてください。
普段から意識していないと、部下の長所をたくさん挙げることは思いのほか難しいものです。そのためのヒントを挙げると、「部下は自分にないものをたくさん持っている」ということです。その違いがリスペクトの対象となります。差異が重要なのであって、違っている点に価値があるかどうかは問題ではありません(下記の記事を参照のこと)。
固定観念の奴隷である人間は、自分の知らないことを評価しない傾向があるということに注意が必要です。
1980年代にパソコンが登場したとき、シニア社員と若手社員の対応は大きく分かれました。パソコンに飛びついた若手社員は、キーボードを打てないシニア社員を見てバカにしたものです。
しかし、シニア社員にキーボードを打つ能力がなかったわけではありません。当時のシニア社員は、「キーボードを打つのはアシスタントの仕事」という固定観念から脱却できなかったのです。
同じようなことが今日のマネジャーと若手社員の間で起こっているはずです。当時よりもテクノロジーの進化が目覚ましい今日では、若手社員に一目置けることはたくさんあるはずです。
2-2. ポジティブフィードバックのやり方
それでは、ポジティブフィードバックの具体的なやり方を説明しましょう。ポジティブフィードバックは3つのステップで行います。
- ステップ1 何がよかったか、評価したい行動を具体的に指摘する
- ステップ2 その行動がもたらすよい結果を知らせる
- ステップ3 今後どのような行動を取って欲しいかを伝える
ステップ1:何がよかったか、評価したい行動を具体的に指摘する
ステップ1には3つのポイントがあります。
- できるだけ具体的に言う
ポジティブフィードバックでは、評価したい行動についてできるだけ具体的に言うことが重要です。ビジネスの経験の浅い部下は、具体的に言ってあげないと何がよかったかを自己認識できないことがあるからです。例えば、部下がよくできたリポートを作成したときに「リポートよかったよ」と言ってから、「どこがよかったか自分で説明してみて」と尋ねてみてください。想定外の答えが返って来て驚くことが多いはずです。 - 事実に基づいて言う
ミエミエのよいしょはかえって部下の反感を買います。これに対して、ポジティブフィードバックでは事実に基づいた具体的な行動を指摘します。そのため、相手のご機嫌を取るようなことにはなりません。 - できるだけ早いタイミングで言う
ポジティブフィードバックはその都度、できるだけ早く言うことが大事です。ちょっとしたことでもその都度言うことで、効果を積み重ねることができます。また、時間が経過すると効果のインパクトが弱くなりますし、そもそも言うのを忘れてしまいます。
ステップ1の具体例を見てみましょう。部下が容認できるレベルの営業日報を提出したとします。
日本の伝統的な反応だと、「営業日報は部下の担当業務だ。それをちゃんとやるのは当然のこと。だからちゃんとやった営業日報に対して何も言う必要はない」となるでしょう。どちらの方が部下にとって励みになるかは明らかでしょう。
ステップ2:望ましい行動がもたらすよい結果を知らせる
ポジティブフィードバックでは、望ましい行動がもたらす帰結やそのインパクトの大きさを示すことも重要です。
ステップ1の「評価できる行動」だけにフォーカスすると、「自分の部下は特に褒められるような行動はしていない」と感じてしまいがちです。これに対して、行動がもたらす結果にフォーカスすると、ポジティブフィードバックのスコープが広がります。
なぜならば、組織の中にあってはどんな小さな仕事でもそれが適切に行われることで組織全体がうまく回り、どんな些細な仕事でもそれが適切に行われないと組織全体に悪影響があるからです。
最先端の技術を結晶したスペースシャトルが爆発事故を起こして7名の宇宙飛行士の命を奪った1986年のチャレンジャー号の悲劇も、Oリングというたったひとつの小さな部品に欠陥があったために起きました。
与えられた仕事を部下がちゃんとやっているというのは、それだけで立派に評価に値することなのだということを忘れてはなりません。
組織の末端で仕事をしている部下にとって、マネジャーのような高い当事者意識を持つことは容易ではありません。ポジティブフィードバックによって自分の仕事が組織に対してどのようなインパクトがあるかを知ることは、部下が仕事の意義を認識する機会になります。
ステップ2の具体例を示すと次のようになります。
まだまだたくさんの不安を抱えている若手社員にとっては、ちょっとしたことでも励みになるものです。大袈裟に褒める必要はまったくありません。ちょっとしたポジティブフィードバックでも十分に効果を発揮するものです。
ステップ3:今後どのような行動をとってほしいかを伝える
最後に上司として自分が何を期待しているのか、何をして欲しいのかを伝えます。
ステップ1と2だけでも部下が望ましい行動を取るモチベーションを与えることになるので、ステップ3を省略することは可能です。ただし、ポジティブフィードバックの効果を最大化するためにはステップ3が有効になると言えます。
ステップ3の具体例を示すと次のようになります。
このように望ましい行動を今後も継続するように督励するのが基本になりますが、さらに教育的指導の機会とすることもできます。
例えば、「これからは顧客の社内の購買の意思決定プロセスがどうなっているのかというところまで踏み込んで分析できるといいね」とアドバイスをすることで、部下の顧客分析のスキルを鍛えることができるわけです。
感情なしに褒めることは困難ですし、無理に褒めようとするとどうしても気が重くなります。これに対して、ポジティブフィードバックは褒めるわけではないので、感情を介在させる必要はありません。具体的な事実を指摘して、淡々とやればよいのです。それで十分に効果を発揮します。
ポジティブフィードバックのやり方を知ることは、マネジャーのストレスマネジメントにも役立つかもしれません。
2-3. 難易度の高いポジティブフィードバックとは?
誰が見ても称賛に値する行動に対してポジティブフォードバックを与えることは難しくありません。ポジティブフィードバックが難しいのは次のようなケースです。
②今までポジティブフィードバックをやったことがないので、唐突感がある場合
両者は重なる場合が多いと思いますが、ここでは分けて考えることにします。まず、①で「定型的な業務」と言っているのは、難易度がそれほど高くないと思われているルーティーンワークを指します(本当は簡単ではない場合も多いのですが)。
総合職ではなくて一般職や非正規社員が担当している場合が多いかもしれません。ルーティーンワークに対しては、できて当たり前、ちゃんとやって当然というのが一般的な受け止め方だと思います。
そのため、ポジティブフィードバックが行われることは滅多にないと思います。定型業務を担当している部下を褒めたことなんかないというマネジャーの方が多数派ではないでしょうか。
しかしながら、部下に対するリスペクトがフィードバックの大前提なので、すべての部下はリスペクトされる権利を持っています。同時に、すべての人はポジティブフィードバックに値するはずです。なぜならば、小さな歯車の歯が一つ欠けても機械のパフォーマンスは落ちるからです。
ルーティーンワークがきちんとできているからこそ組織全体のパフォーマンスが維持されます。ルーティーワークは評価されて当然なのです。
ある会社で「自分の部下のAさんは定型的な出荷業務をやっている。だから褒めたことなんかない」と言う業務課長の方がいました。ところが、業務課に出荷業務を依頼している営業課長の方にAさんについて聞いてみると、「Aさんにはいつも無理を聞いてもらっていて、本当に感謝している」という回答が返ってきました。
Aさんに上司からポジティブフィードバックがないというのは何とも悲しい話です。仕事は相互依存の関係で行われるものです。仕事がうまく回っていればポジティブフィードバックは必ず可能なのです。
②の「唐突感がある」というのは、今までまったくポジティブフィードバックをしてないのに、いきなりやるとかえって不審に思われるのではないかという懸念を指しています。「いまさら照れくさくて言えない」というような心理的な抵抗も含まれます。
これに対するストレートな回答は、上司はそう思うかもしれないが、部下の方はそんなことは思っていないということです。
自分が過去に上司から褒められて不審に思ったかどうかを思い出せばよいと思います。よほど複雑な性格の持ち主でない限り、自然に受け止めたのではないでしょうか。
それでも、心理的な抵抗を感じる人は、共感のアプローチを採用するとよいでしょう。これは日常生活で自然に行われているもので、相手が感じていることを言うと相手も同調するという反応を利用するものです。
例えば、非常に暑い日に見ず知らずの人から「今日は暑いですね」と声をかけられても、それほど違和感を覚えないでしょう。自然に「本当に暑いですね」と反応するはずです。
このアプローチを応用すると、ルーティーンワークをしている担当者に対しては、「いつも気苦労が多くて大変だよね。お蔭でとても助かっているよ」と言えばよいのではないでしょうか。
定型業務をやっている人は絶対にミスをしてはいけないというプレッシャーからストレスを感じています。そこに寄り添ってからポジティブフィードバックに持って行けば、スムーズに流れると思います。
ポジティブフィードバックの最後に、実践のヒントを教えます。若手社員のときに上司から褒められたことを思い出してください。今から振り返れば、人に言えるほどたいしたことではなかったはずです。プロの水準から見れば当たり前のことをやったに過ぎなかったのではないでしょうか。それを当時の上司が拾い上げて、認めてくれたというのが真相だったはずです。
部下にポジティブフィードバックをするチャンスは、実はたくさんあるはずなのです。
3. ネガティブフィードバックの方法
3-1. ネガティブフィードバックの基本
日本を代表するある大企業で意識調査をしたところ、非常に興味深いことが判明しました。それは部下が上司に求めるものとして、「もっと認めて欲しい、評価して欲しい(=ポジティブフィードバック)」よりも「もっと指導して欲しい(=ネガティブフィードバック)」という項目の方が僅差ながらスコアが高かったということです。
意外なことに、部下は「もっと上司から仕事を教えて欲しい」と思っているのに対して、上司がその期待に応えられていないということです。部下を指導する技術がないと、上司はパワハラを恐れて消極的になるということでしょうか。
ネガティブフィードバックとは、問題を指摘し、どこをどのように改善したらよいかをわかってもらうために行うものです。それは部下にとって学習や成長の機会となります。問題があると、結果を非難したり、相手の人間性に対して否定的な発言をしてしまうことがあります。
しかし、ネガティブフィードバックはあくまでも問題となる行動について意見を述べるものです。怒ったり、叱ったりするということではありません。
ネガティブフィードバックの8つのポイント
ネガティブフィードバックのポイントを挙げると次のようになります。
- 具体的に与える
ポジティブフィードバックと同様に具体的に指摘をしますが、ネガティブフィードバックはより慎重に焦点を絞る必要があります。誰しも否定的なことは言いたくないので、気を付けないとあいまいな表現や抽象的な表現になってしまう危険性があります。 - 優先順位を考える
改善を要する点がたくさんあった場合、部下がそれらをすべて消化できる保証はありません。最も改善を要する点に絞り込んだ方がよいでしょう。 - 事前の準備をする
ネガティブフィードバックはその性格上、表面的ではなく、深く考慮されたコメントである必要があります。効果的なフィードバックとなるように、部下の仕事ぶりを普段からよく観察している必要があります。 - なるべく早く伝える
時間が経つと問題行動を相手に伝えづらくなります。 - 相手に心を開く
上司から部下への一方通行のコミュニケーションにならないように注意します。部下からの意見にも耳を傾けて、相互コミュニケーションを心掛けます。 - プライバシーを守る
ネガティブフィードバックは1対1で行い、他の人がいる前では避けるようにします。 - 感情的にならない
マネジャーが自分の上司に対して感情的なものの言い方をすることはないはずです。したがって、マネジャーが部下に対して感情的な言い方で叱責や非難をするのは優越的な地位を利用した権力の乱用ということになります。それは部下の無用の反発や受動的な抵抗を生むことになります。地位や権力に頼らず、事実に基づいた説得力を使って部下を指導する必要があります。 - 丁寧に言う
リスペクトがフィードバックの大前提です。問題点を指摘しながらも、部下への敬意を込めた丁寧な表現を心掛けます。パワハラを気にして注意することから遠ざかっているマネジャーにとっては、どうやって口火を切ればよいかが気になるかもしれません。そのようなときは、単純に「これから指導を目的として君に話をします」と言ってから淡々と問題点を指摘すればよいでしょう。
3-2. ネガティブフィードバックのやり方
ネガティブフィードバックもポジティブフィードバックと同様に3つのステップで行います。
- ステップ1:問題行動を具体的に指摘する
- ステップ2:問題行動がもたらすよくない結果を知らせる
- ステップ3:今後どのような行動をとって欲しいかを伝える
ステップ1:問題行動を具体的に指摘する
ステップ1のポイントは、部下の行動において問題となった客観的な事実だけを述べるということです。
部下が犯した問題は過去の話です。すでに起こってしまったことは変えられません。上司にできることは、再発を防止し、部下がこれから行動を改善できるように指導することだけです。
また、そこにどんな意図や理由があったかも重要ではありません。部下が悪意をもって問題を起こすケースは滅多にないからです。
ステップ1の具体例を示すと次のようになります。
ステップ2:問題行動がもたらすよくない結果を指摘する
問題行動が「誰に対してどのような望ましくない結果をもたらすか」をできるだけ具体的に述べるのが、ステップ2のポイントになります。
自分の行動が悪い結果をもたらしたことを認識すれば、誰しも反省します。そして、同じような問題を二度と起こさないように努力するものです。
今日では組織の仕組みと仕事の内容が複雑になっているので、若手社員は自分のしている仕事が組織の中でどのように関連しているかが見えにくくなっています。問題行動がもたらす望ましくない結果を指摘することは、部下の視野を拡げることにもなります。
ステップ2の具体例を挙げると次のようになります。
ステップ3:今後どのような行動をとって欲しいかを伝える
ネガティブフィードバックは指導が目的なので、部下に対して期待する行動をできるだけ具体的に述べることがステップ3のポイントになります。
さらに、部下が指示された行動を取ると、どのようなよい結果が期待できるかも述べるとよいでしょう。それが部下にとって行動を改善する動機づけになるからです。
ステップ3の具体例を挙げると次のようになります。
ネガティブフィードバックで注意することは、問題行動の原因を追求しないことです。
これに対しては必ずマネジャーの方から次のような指摘を受けます。「問題を改善するために原因を追求するのは品質管理の基本だ。リポートの締め切りを守らなかったという問題行動の指摘だけでは不十分ではないか。締め切りを守らなかった根本原因にまで踏み込まないと抜本的改善策にならないはずだ」というのが典型的です。
これに対する筆者の回答は、「ご自分がリポートの締め切りを守らなかったときに、上司から原因を追求されたいですか」となります。わざわざ上司から言われなくても原因は自分でもわかっているし、反省もしているものです。
ネガティブフィードバックは学習と成長の機会の提供が目的ですから、その目的が達成されているかどうかを相手に確認することも重要です。そのためには「これは指導を目的に言っているのだけど、意味のある指導となっているかどうか教えて欲しい」と相手に聞いてみることです。
PDCAのサイクルを回すのは仕事の基本です。フィードバックにおいても同じことが言えます。
ポジティブフィードバック vs. ネガティブフィードバック
フィードバックは個人に対しても、組織全体に対しても好ましい影響を与えます。特にポジティブフィードバックは効果的です。それは承認の欲求を満たすことになるので、部下に対して強い動機づけとなります。
さらに、上司として何を評価しているのかを明確に伝えたり、これから期待することを述べたりするので、部下にとっては励みになります。また、人間は快楽原則に忠実な生き物なので、ネガティブフィードバックよりもポジティブフィードバックを歓迎します。
したがって、できるだけポジティブフィードバックを活用することが望ましいと言えます。相手の望ましくない行動に対してはネガティブフィードバックで対応するのが普通ですが、それをポジティブフィードバックで対応するように工夫をすることはとても効果的です。
次のようなケースを考えてみましょう。
毎度のようにいい加減な伝票を回してくる営業マンのA君がいます。A君に対して経理部の人が次のように言うのは理不尽なことではありません。
「Aさん、また伝票が間違っていました。こちらで修正しなければならなかったのですよ。修正による作業の増加は経理部の残業の原因になります。ちゃんと書かないと次からは受け付けられませんよ」
ところが、次のような言い方もできるのです。
「いつもタフなお客さん相手でお疲れ様です。Aさんが伝票をちゃんと書いて若手営業マンの手本になってくれると、みんなうれしいです」
自分だったらどちらを言われたいか、どちらの方が素直に聞く気になるか、と考えてみるとよいでしょう。フィードバックの技術を磨くというのはこういうことだと思います。
3-3. フィードバックが効かないときの対処方法
部下の指導のために行うネガティブフィードバックは効果的なものですが、万能ではありません。ネガティブフィードバックをしても問題行動が改善されないことがあります。
その場合は、フォローアップが必要になります。そのためには次のようなステップを踏んで対応するとよいでしょう。
- ステップ1:フィードバックが繰り返されていることを指摘する
- ステップ2:問題解決のための対策を一緒に考える
- ステップ3:本人にとって好ましくない結果を示唆する
ステップ1:フィードバックが繰り返されていることを指摘する
最初の打ち手として、問題行動が続いていることに対して何回もフィードバックをしていることを指摘します。「ふざけるな」と言いたくもなりますが、いらついたり、皮肉な言い方にならないように気を付けます。淡々と、かつ、毅然とした態度で指摘をします。
例を挙げると次のようになります。
ステップ2:問題解決のための対策を一緒に考える
同じ問題が繰り返される場合は、改善の障害になっている何らかの事情が存在しているはずです。改善をするためには、そのような障害を排除したり、解決したりすることが必要になります。
ネガティブフィードバックは上司から部下への一方通行のアプローチなので、どうやって解決するかは主として部下に委ねられます。
しかし、それが有効に働かないのであれば、次のステップとして部下と相談しながら対策を打ち出す必要があります。
例を挙げると次のようになります。
ステップ3:本人にとっての好ましくない結果を示唆する
問題が続く場合は、本人に不利益な結果が待ち受けていることを知らせる必要があります。不利益な結果が何かは会社や職場によって異なりますが、できるだけ現実的、具体的に話す必要があります。現実性や具体性がないと、単なる脅しや嫌味になってしまって逆効果になる危険性があります。
例を挙げると次のようになります。
日本企業と違ってアメリカ企業は成績の悪い従業員を簡単に解雇すると思われていますが、実態は必ずしもそうではありません。
筆者がアメリカ企業(モトローラ)に入って驚いたことは、問題のある従業員に対する会社側の対応が非常に丁寧なことです。
訴訟社会のアメリカでは会社がいい加減な対応をすると不当解雇で訴えられて負けてしまいます。そのため、このようなフォローアップをシステマティックに行って記録を残すことは必須となります。そして、改善のために一定の猶予期間(例えば半年)も設けられます。
解雇というオプションに馴染みがないが故に、日本企業の方が問題のある社員への対応が冷たいと感じられることがあります(窓際族、追い出し部屋、etc.)。
部下に対してダメだしをするのは簡単です。しかし、そのような安易な対応はマネジャーの役割を放棄しているとも言えます。
4. マネージャーのためのフィードバックの極意
4-1. フィードバックのスキルの磨き方
フィードバックは褒める伝統が乏しい日本の文化に対するチャレンジなので、その実行は容易ではありません。
さらに、マネジャーには「優秀な人間が陥る罠」と言ってもよいもう一つのチャレンジがあります。それはボストンコンサルティンググループの日本代表だった堀紘一氏から直接伺った話なのですが、「IQの高い人は、他人の欠点や弱点をすぐに見抜くことができる。しかし、他人の長所を見抜く能力はIQの高さとは関係がない」という指摘です。
マネジャーの方は優秀だからこそマネジャーになれたわけです。しかし、仕事ができるからといってポジティブフィードバックができるという保証は何もないということです。
仕事ができるだけに、なぜ部下ができないのかがわからないということもあるでしょう。常日頃から部下に敬意を払って、長所に注目するという謙虚な姿勢がマネジャーには求められます。
フィードバックのスキルを磨くために最も有効な対策は、数をこなすことです。数をこなすためにも、ちょっとしたことに対してまめにポジティブフィードバックをすることをお勧めします。
考えてみれば、部下の仕事はトラブルが発生していない状態の方が普通です。トラブルを発生させていないということは、評価に値する仕事をしているということになります。それはボーナスを増やすほどのことではないでしょう。しかし、ポジティブフィードバックには十分値するのです。
その他に、同じ立場にいるマネジャー同士でうまく行ったケース、うまく行かなかったケースを共有して、お互いに学ぶことも効果的です。
絶対的な正解のない世界なので、お互いの経験から学ぶことには意味があります。折に触れてマネジャー仲間と雑談をする機会があるでしょうから、そのようなときの話題にすればよいのです。社内のゴシップを語り合うよりは生産的だと思います。
また、自分の過去を振り返ってみて、励みになる言葉を投げかけてくれた上司のことを思い出すのもよいでしょう。自分にポジティブな影響を与えてくれた上司と何の影響も与えてくれなかった上司を思い出して、その違いが何に起因するのかを考えることにも意味があるでしょう。
4-2. 部下とWin-Winの関係を構築する
人間関係の品質は相手から受け取るフィードバックの質と量で決まるとも言えます。フィードバックが貧しければ人間関係も貧しくなります。フィードバックがとげとげしかったら人間関係もとげとげしくなります。フィードバックがポジティブなら人間関係もポジティブになります。
部下との間に豊かな人間関係を築きたければ、品質の高いフィードバックを積極的に与えることです。手間がかかるように感じるかもしれませんが、そこで手を抜くと部下との関係は微妙なものになります。なぜならば、人間にとって、無視されることが最もつらいことだからです。
フィードバックをしないということは「無視をする」という最も重い心理的な罰を与えることになります。つまり、フィードバックをしないという行為自体が、結果的に一つのフィードバックになっているのです。
したがって、どの道フィードバックをすることからは逃れられないのですから、部下とWin-Winの関係を構築するフィードバックに挑戦する方が理に適っています。些細なことですが、部下に挨拶をしたり、アイコンタクトするだけでも「相手を大切に思っている」というフィードバックになり得ます。
そのような小さな努力を重ねて行くことで部下との関係性を構築しようとすると、部下にもその姿勢は伝わります。
そのような努力の積み重ねが、マネジャー自身の成長につながることになります。
部下を甘やかしてはいけないと思っているマネジャーの方もいるでしょう。仕事が完璧ではないときに褒めることに抵抗を感じるマネジャーが多いかもしれません。不用意に肯定的なコメントを与えると、部下は満足してしまって改善の努力を怠るのではないか、と心配するからです。
しかし、そのような心配はまったくないのです。自分が若手だったときに上司から褒められたときのことを思い出してください。上司から褒められて、努力を怠るようになったでしょうか。むしろ励みになって、より一層努力するようになったはずです。
ひとつ励みになる話を紹介しましょう。
ある大企業の課長の方が、筆者のフィードバックのワークショップの後で、半信半疑ながらも型通りの作法に従ってフィードバックをしてみたのです。
部下のちょっとした望ましい行動に対して「感情はゼロ、淡々と機械的にやればよい」という筆者のアドバイスに従って実行されたそうです。当然のことながらご本人の手ごたえはほとんどなかったようです。
ところが、この部下がすぐにFacebookで「やった!今日ボスに褒められた」と喜びに満ちたコメントを発信したのです。これには課長の方がびっくりしたとのことでした。クールに見える今どきの若者も、心の中は昔とそんなに変わっていないようです。
5. まとめ
フィードバックは手元資金がゼロでできる投資と捉えることができます。これだけ収益性の高い投資案件は社内にはそうそうないはずです。パフォーマンスに責任を持つマネジャーにとって、フィードバックを積極的にやらない手はないはずです。
最後に「出勤してもあいさつをしない部下にどう対処したらよいか」ということについて述べます。
これに対する最強のフィードバックは、マネジャーの方から毎朝この部下に「おはよう」というあいさつをすることだと思います。
どのように指導すればよいかというテクニックを考えるよりも、まず自分から始めるということです。これがリーダーシップの基本ではないでしょうか。
社員教育や人材開発を目的として、
・eラーニングを導入したいが、どう選んだらよいか分からない
・導入したeラーニングを上手く活用できていない
といった悩みを抱えていませんか?
本書は、弊社が20年で1,500社の教育課題に取り組み、
・eラーニングの運用を成功させる方法
・簡単に魅力的な教材を作る方法
・失敗しないベンダーの選び方
など、eラーニングを成功させるための具体的な方法や知識を
全70ページに渡って詳細に解説しているものです。
ぜひ、貴社の人材育成のためにご活用ください。
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