多様な人々が関わり合う社会生活の中では、様々なハラスメントが起きています。
特に、上司・部下という上下関係の概念があったり、構造上、個人の職能や適性に応じて役割が当てられたりする会社組織においては、意識の有無に関わらず、ハラスメントが発生しやすい環境と言えるでしょう。
パワハラ、セクハラ、マタハラ、モラハラ、最近はパタハラという言葉も耳にします。ハラスメントには実に様々な種類があり、当事者同士の関係や被害者の受け取り方によっても、その位置付けや深刻度は変わってきます。
「うちの会社ではハラスメントは起きていない」
そう断言できる人事・コンプライアンス担当の方は、なかなかいらっしゃらないのではないでしょうか。
厚生労働省の労働局の調査によると、職場での「いじめ・嫌がらせ」に関する相談件数は、この10年間で3倍以上も増えています。
都道府県労働局等に設置した総合労働相談コーナーに寄せられる「いじめ・嫌がらせ」に関する相談件数[1]
また、パワーハラスメントを例に挙げれば、従業員の3人に1人が「過去3年間に経験した」と回答したという調査結果もあります。
過去3年間のパワーハラスメントを受けた経験の有無[2]
ハラスメントは個人の尊厳に傷をつけ、深刻な場合には心的外傷をもたらします。休職や退職を余儀なくさせられたり、長い間トラウマに苦しんだりする例もあるでしょう。
離職率の増加や人材不足に苦しむ企業が増え、政府主導で働き方改革が叫ばれる昨今、職場のハラスメント対策はこれまで以上に重要性を増しています。それでも減らないハラスメントに対し、具体的にどのような対策を打てばよいのか。多くの企業が頭を悩ませているのではないでしょうか。
そこで本稿では、ハラスメント防止に力を入れている企業の取り組み事例をご紹介します。
ぜひあなたの会社の施策の参考にしてください。
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目次
1. 事例1:身近に相談できるリーダーをつくる(東京ガス株式会社)
最初にご紹介する東京ガスは、古くから人権啓発に取り組んでいることで知られています。同社では「グループの人権課題は円滑なコミュニケーションに尽きる」という見解の下、行動指針に「人権の尊重」と「元気の出る職場づくり」という目標を掲げ、今なおさまざまな人権啓発活動に取り組んでいます。
その象徴的な取り組みのひとつに「人権啓発推進リーダー」という制度があります。その名のとおり、自薦他薦で任命されたクループ各所の社員が人権啓発活動を推進するリーダーとなり人権啓発を推進する、という制度です。まずは制度の背景から見ていきましょう。
1-1. [背景]ハラスメント問題にいち早く対処するための人的限界
ハラスメントや人権問題を防ぐには、従業員同士がお互いを尊重し、コミュニケーションの活発な職場づくりが必要です。そのことにいち早く気づいた同社では、コンプライアンス部門が中心となり、積極的に人権啓発やコミュニケーションの推進活動を行ってきました。
一方で、こうした問題は早期の発見や解決が大切でありながら、膨大な従業員が働く同社では、コンプライアンス部門の人員だけでグループ全体の人権啓発やコミュニケーション支援を推進するのは限界があり、現場で起きている問題に細かく目が届かなかったり、迅速な対応ができなかったりといった課題もありました。
1-2. [対策]リーダーを立て「相談できる先輩」として啓発活動を推進
その解決策として登場したのが、各部門に推進担当者を任命し、その推進担当者が現場主導型で「元気の出る職場づくり」の実現に向けて活動する人権啓発推進リーダー制度です。
人権啓発推進リーダーは、東京ガスグループで働く従業員であれば、職種や担当、自薦他薦を問わず、誰でもなることができます。これは、「元気の出る職場づくり」がすべての従業員に関わる取り組みであるとの考えに基づいているそうです。
リーダー候補となった従業員は、1年間の研修を通じて人権やコミュニケーションについて学び、その修了をもってリーダーに任命されます。リーダーの役割には大きく分けて「一次相談窓口」と「職場研修の講師役」の2つがあります。相談窓口といっても堅苦しいものではなく、各職場で気軽に相談できる先輩となり、いろいろな相談を受けることが主な仕事だといいます。
また、リーダーはただ相談を待つだけではなく、悩みがありそうな社員に声をかけてみたり、「あの人は言い方がきついけど根は優しいよ」などとアドバイスをしたりすることで背中を押してあげるなど、問題の早期発見や解決に努めているとのことです。
また、この制度の特徴的なところは、グループの従業員である限り、別部署や別のグループ会社に異動してもリーダーとしての活動を行う、という点です。そのため、彼らの存在は脈々とグループ内の各所に広がり、現在では草の根的なコミュニケーションを推進する役割も果たしています。2016年度の新規養成および既存リーダーのフォロー研修には225名の方が参加したといいます。まだグループ全体を万全にフォローできる体制にはありませんが、着々と裾野は広がっているようです。
1-3. [効果]気兼ねなく話せることで問題を早期発見し解決できる
「近くに話せる人がいるだけで気持ちが楽になる」など、職場でもリーダー制度の評判は良いといいます。同社には会社の相談窓口もありますが「敷居が高い」とためらう人もいるそうです。その点で、身近にいるリーダーは職場の事情もよく知り、気兼ねをせずに話ができることから相談する人も多く、問題の早期発見や解決ができるようになりました。
ハラスメントの問題は多用なケースがありますが、原因の根源はコミュニケーション不全によるものが多いといわれています。しかし、その兆候のすべてを人事やコンプライアンス部門が見逃さないようにするのは不可能です。
現場のことを一番わかっている社員が、問題の兆候に気を配り、日ごろから意識付けを行ってくれたら、これほど心強いことはありません。そうした人材を多く育てることが、効果的なハラスメント予防につながるでしょう。
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2. 事例2:自分たちの体験・対策を共有する(テルモ株式会社)
ハラスメント対策の教育で、事例を使って研修やeラーニングを実施しているところも多いと思います。一方で、何回も研修をしていくうちに、使用する事例の選定に苦慮している教育担当者の方もいるのではないでしょうか。
次にご紹介するテルモでは、社内講師による「女性活躍推進のためのハラスメント防止研修」という少し変わったケーススタディー研修を実施しました。この研修が一般的なものと違うのは、参加した女性社員たちが自らの体験を意見交換する、という点です。
どのようなものなのか、まずは背景から見ていきましょう。
2-1. [背景]女性社員へのセクハラ防止研修一点に絞る
テルモでは、これまで人事部主導で管理職を対象に年1回コンプライアンス研修を行ってきました。しかし、「コンプライアンス系の問題はそう簡単にはなくならない」と日ごろから憂慮していた同社の社長が、特に女性側が被害者になることが多い「セクハラ防止」に関する対策ができないかとダイバーシティー推進室に声をかけたことをきっかけに、新たなセクハラ防止研修づくりが始まりました。
2-2. [対策]全女性社員が被害や対処法を自由に意見交換
この研修は、全女性社員(約650名)を対象に実施されました。当初は費用面の心配もあり対象者を限定する予定でしたが、全員が被害者になり得ます。そこで講師をダイバーシティー推進室の女性社員自らが務めることでコストを抑え、全女性社員を対象に実施することになりました。
この手の研修は「こんなことをしてはいけない」「されたら嫌と言おう」と教える受け身なものが一般的です。しかし、この研修では、女性社員たちが過去に受けた被害や成功した対処法などを意見交換し、個別の具体的なケースについて効果的な対策を検証します。
つまり、「こんなことがあった」「私はこうした」「こういう言い方がよい」など実体験や現状の悩みを話し合うことが未然防止や事後対策のケーススタディーになる内容といえます。
この研修がさらに特徴的なのは、女性社員たちが意見交換している様子を後方で男性管理職が見ている点です。これは、意見交換を通じて語られる体験や本音を知ることで、男性管理職たちにも問題意識を共有してもらうことが狙いにあります。つまり、女性社員向け研修だけでなく、管理職向け研修も同時に実施されている、というわけです。
2-3. [効果]女性社員の立場を尊重する意識が上司に芽生える
研修は好評で、女性社員たちからは周りの人たちの体験談や意見を聞くことができたことで「自分は間違っていない」「断ってもいい」と実感できた点が良かったという声が多かったそうです。
実際、ある女性社員は、研修で学んだ意思表示の仕方を活用し、ジェンダーハラスメントについて上司に直接伝えることができたといいます。その結果、その上司に「無意識でやっていた。すまなかった」と気づいてもらうことができたそうで、着実に研修の効果が表れていることをうかがい知ることができます。
また、ある男性管理職は、研修での意見や発言を聞いて初めて多くの女性社員がセクハラを我慢していたことを認識できたそうです。その成果もあってか、研修後は少しずつ全社的にコミュニケーションスタイルや意識の変化が見られるようになったといいます。
このように、ほんの少し研修の内容を工夫することで、自社オリジナルの効果的なハラスメント対策をつくりあげて実施することもできます。この手法を活用し、他のハラスメント研修に応用することも可能なので、ぜひ検討してみてください。
3. 事例3:自分の中にある無意識の偏見を意識化する(グーグル株式会社)
グーグルでは、多様な文化を持つ人材が一緒に働くことがイノベーションには不可欠だと考え、創業時から積極的にダイバーシティーのある組織づくりに取り組んでいます。そんな同社では、働く誰しもが本来のパフォーマンスを発揮できるよう「アンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)に対処する」という取り組みを行っています。
アンコンシャス・バイアスとは、人が無意識に持つ偏見や固定観念のことで、過去の経験や環境から、性別や年齢、人種などを根拠として決めつけを行うことを指します。
例えば、「日本人はまじめ」「若者は最新機器に詳しい」「力仕事は男性の仕事」などは、必ずしも全員に当てはまることではありません。こうした先入観は思考の幅を狭めるだけでなく、いわゆる「色眼鏡」的な差別につながるおそれもあります。
どのような取り組みなのか、もう少し詳しく見ていきましょう。
3-1. [背景]白人男性ばかりをロゴデザインにしていた無意識の発見
2013年、グーグルは衝撃な事実を民間調査機関から指摘されました。同社のグーグル・ドゥードゥル(検索エンジンのロゴ)は、毎日その日が誕生日にあたる人物に関係するデザインを装飾してきましたが、創業から2013年までの間、登場した約6割が白人男性、白人女性と白人以外の男性はそれぞれ2割未満、白人以外の女性は4%ほどだったといいます。
何より同社にとって衝撃だったのは、外部から指摘されるまで自分たちは気づいていなかったという点でした。そのことに強い危機感を覚えた同社は、ただちに「アンコンシャス・バイアス」と名づけた、自分自身が持つ偏見について知り、自分の行動と企業文化を変えるための手段と知見を提供するための社員教育活動を開始しました。
3-2. [対策]無意識の偏見に気づき行動を起こす研修を導入
同社の研修では「アンコンシャス・バイアス」と「バイアス・バスティング」と言う2段階のトレーニングを行います。
最初の「アンコンシャス・バイアス」では、いろいろな質問やシチュエーションの映像などを通じて、誰もが無意識の偏見を持っているという気づきを与えます。
例えば、「受付」という言葉から男性と女性のどちらをイメージするかを聞きます。多くの場合、「受付嬢」という思い込みから「女性」と答えるのではないでしょうか。さらに「理系」ならどうか、「パソコン」や「リーダー」、「車の運転」はどうかなど、何度も繰り返します。
このトレーニングの目的は、何が正しいかを学ぶものではありません。「偏見など一切持っていない」と思っていた自分自身の言動にも無意識の偏見があり、その傾向を気づくことにあります。それを知ることで、普段から自身の言動が与える影響などを意識化できるようにすることが、この研修の目的です。
次の「バイアス・バスティング」では、参加者同士の対話やロールプレイを通じ、偏見をなくすための考え方や言動を身につけます。無意識の偏見は自分自身で気づけない場合が多く、他者の指摘や客観的なデータから気づくことがほとんどです。この研修では、自分が他者の無意識の偏見に気づいた場合の言動や効果を学びます。
例えば、上司がチームミーティングなどで「新規プロジェクトはフレッシュなアイデアが欲しいので20代の若手からメンバーを選抜したい」と説明があったとします。しかし、「20代=フレッシュ」は無意識の偏見であり、必ずしも年齢制限は必要ありません。そのことに誰も気づいていない場合、どのように伝えるかを参加者同士で実演しながら考えます。
このトレーニングにも正解はありません。遠まわしに気づきにつながる資料を渡す方法もあれば、ダイレクトに伝えたほうがいい場合もあります。大事なことは、行動の取り方は人や状況によってさまざまだが、「自分ならどうするか?」を具体的に考え、実際に行動を起こすことの重要性を理解することにあります。
3-3. [効果]全世界のスタンダードになる可能性を持つ研修成果
上記の例でもわかるように、ハラスメントの問題は、当事者自身が加害者だと気づいていない場合があります。あるいは「若手にチャンスを与える善意」と意図した言動が裏目に出ることもあります。同社のロゴのように、最も怖いのは「その問題に誰も気づいていない」状況に陥ることです。
この研修は、その防止策として大変有効と言えるでしょう。実際、同社の社員教育は世界中で行われるようになり、ここ日本のグーグルでも行われているそうです。毎年「働きやすい企業」に名を連ねる同社の活躍からも、この研修の効果をうかがい知ることができます。
グーグル以外の企業でも、同社の取り組みを参考に同様の研修を実施するところが増えてきているようなので、近い将来この「アンコンシャス・バイアス」は職場のハラスメント防止研修のスタンダードになっていくかもしれません。
4. まとめ
本稿では職場のハラスメント対策について3つの事例をご紹介しました。
① 身近に相談できるリーダーをつくる(東京ガス株式会社)
② 自分たちの体験・対策を共有する(テルモ株式会社)
③ 自分の中にある無意識の偏見を意識化する(グーグル株式会社)
これらの事例から、ハラスメント対策は「ハラスメントに気づくこと」と「円満に解決するためのコミュニケーション」を全員が実践できるようになることが重要だとわかります。そのためには、集合研修やeラーニングなどを通じて知識や気づきを与えるとともに、自らが行動でき、気軽に意見を言い合えるような制度や環境づくりを進めていく必要があります。
また、ハラスメント対策とダイバーシティーの推進は「働きやすい職場づくり」に不可欠な両輪であることにも気づきます。どちらか一方だけできていればよいのではなく、どちらもできるようにすることが、今後ますます企業や従業員に求められていくでしょう。
ハラスメントの問題は会社の業態や風土によって内容や程度が異なります。そのため、一概にこれをすればいいというものはありませんが、今回ご紹介した事例を参考に、ぜひ自社のハラスメント対策の最適解を追求してみてください。
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[1] 政府広報オンライン「NO パワハラ なくそう、職場のパワーハラスメント」<http://www.gov-online.go.jp/useful/article/201304/1.html>
[2] 政府広報オンライン「NO パワハラ なくそう、職場のパワーハラスメント」<http://www.gov-online.go.jp/useful/article/201304/1.html>
<参考情報>
・あかるい職場応援団|厚生労働省
https://www.no-harassment.mhlw.go.jp/
・産業保健21 第69号(2012.7)|労働者健康安全機構
https://www.johas.go.jp/Portals/0/data0/sanpo/sanpo21/pdf/69.pdf
・ハラスメント対策の導入事例・実績一覧|クオレ・シー・キューブ
https://www.cuorec3.co.jp/case/index.html
・優良事例(Google) | マタハラNet
http://www.mataharanet.org/google/
・グーグル流の「無意識の偏見」対処法とは|日経Bizアカデミー
http://bizacademy.nikkei.co.jp/practical-skill/daibashithi/article.aspx?id=MMAC4l000017082015
・グーグルはダイバーシティーでイノベーションを生む|日経DUAL
https://style.nikkei.com/article/DGXMZO99097330R30C16A3000000?channel=DF260120166497
・「偏見」がある職場の生産性は低い?| PRESIDENT Online
http://president.jp/articles/-/21721
・「見える化」の試み|日経サイエンス
http://www.nikkei-science.com/201502_we5d