コンプライアンスを 教える

製造業に有効なコンプライアンス教育 特徴に合わせた企画のポイント

2023.10.17 更新

著名企業による不正、いわゆるコンプライアンス違反が相次ぎ、社会全体でコンプライアンス重視の気運が高まっています。

しかし、「企業コンプライアンス」と一言に言っても、企業には、メーカー(製造業)、商社、小売、サービスなどのさまざまな業種があり、その中に、営業、企画、広報などの多様な職種があります。

これらの業種や職種にはそれぞれ特徴があるので、効果的な予防法務を行うためには、それぞれの特徴に合わせたコンプライアンス教育の企画が必要です

コンプライアンスの実現には、次の2つの対応策が有効です。

「案件法務」:コンプライアンス問題が発生した後、迅速に問題を解決することで企業が受ける損害を最小限にしようとするアプローチ
「予防法務」:コンプライアンス問題の潜在的なリスクを分析し、そのリスクに対して適切に対応できる仕組みや仕掛けを準備しておくことによって、組織的にコンプライアンス問題の発生を予防する対処法

特に「予防法務」では、自社や他社の事例から作成した問題を教材としたコンプライアンス教育が効果的です。

しかし、冒頭に述べたように企業の特徴によって、注意すべきことや教育すべきことは多様です。そこで、業種ごとの特徴に合った教育企画について紹介していきたいと思います。

今回は、モノを作ることが主要な事業である「メーカー」について、予防法務の効果が期待できるコンプライアンスの重点教育の企画方法をご紹介します。

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1. 日本企業の主軸、メーカー(製造業)の特徴

まずは、コンプライアンス教育の企画に影響するメーカーの特徴を見てみましょう。

日本企業の従業員数ランキングのトップ10社のうち7社はメーカーであることからもわかるようように、メーカーは工場設備を持っていることもあって、比較的に従業員数が多いという特徴があります。

また、研究、製造、販売などの機能により、日本国内から海外に至るまで、多拠点に分かれていることが多いのもメーカーの特徴です。

多くの企業でコンプライアンスを担当しているのは法務部です。

日本企業の法務部員は増加傾向にありますが、2018年時点では従業員2500人以上の企業の法務部員は平均18.9名です。

トップ10社のメーカーの平均従業員数は約4万人ですから、2018年時点の平均人数で考えると、20名ほどで多拠点に所属する膨大な数の従業員に対するコンプライアンス教育を行う必要があります。

これらの要素を考えると、全てのコンプライアンス教育を集合研修のみで行うことは、学習機会の提供や効率の面で困難です。

そのため、eラーニングの積極的な活用や、eラーニングと集合研修を組み合わせたブレンディッド・ラーニングが有効です。

ブレンディッド・ラーニングとは 研修とeラーニングのうまい組合せ方

さらにメーカーは、製品の開発、製造、販売までを手掛けているため、他の業種と比較しても、多くの職種があります。

営業、企画、広告・広報などは、一般的な企業にもありますが、それに加えて、例えば開発や製造機能に関連する生産管理、研究開発、製造、資材調達などの部署を抱えています。

このように多種多様な職種を持つ企業に対してコンプライアンス教育を企画する場合、全社員に共通する法分野とは別に、職種別に教育する分野を絞る方法が効果的です。

例えば、研究開発や資材調達の担当者は、社外の下請先に発注する取引があるため、下請法の重点教育が必要です。

また、営業の担当者は対外取引を担当しているため契約の教育が必須であり、さらに海外営業を担当する部門には、外為法(安全保障貿易コンプライアンス)の教育が必要です。

このように、専門分野についてそれぞれ対応する法律を取り上げ、重点的に教育することが、効率的なコンプライアンス教育となります。

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参考)
株式会社リクルート「メーカー業界」,『リクナビ』,https://job.rikunabi.com/contents/industry/888/,(閲覧日:2021年7月14日)
年収ランキング運営事務局「日本の大企業の従業員数ランキング1位~3737位の会社一覧【2021年最新版】」,『年収ランキング』,https://www.ts-hikaku.com/clist/a0/v1s22t0p.html(閲覧日:2021年7月14日)
経済産業省「国際競争力強化に向けた日本企業の法務機能の在り方研究会報告書」,平成30年4月,http://www.meti.go.jp/press/2018/04/20180418002/20180418002-2.pdf (閲覧日:2021年7月14日)

2. メーカー(製造業)における重点教育の事例

それでは、メーカーの特徴である多様な職種に対応した重点教育の事例をご紹介します。

全社員向けの教育職種別の教育に分けてそれぞれ解説していきますが、その前に、全社員向け教育/職種別教育の考え方について触れておきたいと思います。

コンプライアンス教育には、前提条件として、定期的な「コンプライアンスに対するトップの明確なメッセージ」が必要です。

その上で、全社員がコンプライアンスの基礎知識を問題発見力として学び、幹部社員がリスクを予見して対応できるように問題解決力を学ぶことが必要です。

コンプライアンス教育に必要な知識 違反の原因・階層別の教育方法をご紹介

そして、定期的にアンケートなどによって現状を分析して潜在的なリスクを予見するとともに、重点分野について教育する方法が効果的です。

この関係を図にすると次のようになります。

図)階層別 コンプライアンス教育

※この関係図について、無料eBook『コンプライアンスが面白くなる!~ゲーミフィケーションで実践する教育の仕組みづくり』の第4章で詳しく解説しています。

この関係を基に、全社員向け及び職種別で、具体的にどのような分野を重点的に教育すればよいかをご紹介します。

2-1. メーカー(製造業)における全社員の重点教育分野

この関係図に基づくと、全社員に重点教育が必要な法分野として、以下の3つが挙げられます。

(1) パワハラ防止法
(2) 情報セキュリティ(個人情報保護法を含む)
(3) PL法(製造物責任法)

(1) パワハラ防止法
パワハラと呼ばれる職場における優越的な地位に基づくハラスメント(嫌がらせ)について、関連法の改正が行われ、大企業は2020年6月から、中小企業は2022年4月からパワハラ対策が義務付けられました。

パワハラのようなハラスメントは、具体例の定義が難しい分野であり、法改正に伴う企業のコンプライアンスに対する基本的な考え方に加えて、具体的な事例を用いた教育が必要な分野です。

参考)
厚生労働省「パワーハラスメント対策が事業主の義務となりました!~セクシャルハラスメント等の防止対策も強化されました~」,https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyoukintou/seisaku06/index.html(閲覧日:2021年7月27日)

(2) 情報セキュリティ(個人情報保護法を含む)

情報システムやインターネットが企業や組織の運営に欠かせない現代では、情報セキュリティ教育が必要です。

また、個人情報については、法改正により活用できる領域が広がりました。個人を特定できないように加工した匿名加工情報と他の情報と照合しない限り、個人を特定できないように加工した仮名加工情報が創設されています。しかし一方、法令違反に対する罰則は強化されています。

個人情報保護法は、今後も、定期的に法改正が予定されており、正しい知識に基づく適切な取扱いについての教育が必要です。

参考)
総務省「情報セキュリティ対策の必要性」,http://www.soumu.go.jp/main_sosiki/joho_tsusin/security/business/executive/01.html(閲覧日:2021年7月14日)
個人情報保護法 令和2年改正及び令和3年改正案について、個人情報保護委員会
https://www.meti.go.jp/shingikai/sankoshin/shomu_ryutsu/bio/kojin_iden/life_science/pdf/001_03_02.pdf (閲覧日:2021年7月14日)

(3) PL法(製造物責任法)

PL法を学ぶことは、製品の品質の安全性の確保品質問題が発生した場合のリスクを学ぶことです。モノ作りが事業の骨格であるメーカーにとって、PL法の学習は必須です。

PL法の事故が発生した場合には、製造者などの直接当事者に加えて、販売、運送などもPL事故に巻き込まれるリスクがあります。

そのため、PL法は、製造や開発部門のみではなく全社員が学ぶ必要のある分野です。

PL法コンプライアンス教育で品質問題リスクを防ぐ 研修事例をご紹介

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2-2. メーカー(製造業)における職種別の重点教育分野

次に、職種別に重点教育が必要な法分野をご紹介します。

(1) 営業職…「契約」、「独占禁止法」、「外為法」
(2) 商品企画、研究開発、製造、資材調達職…「独占禁止法」、「下請法」、「契約」
(3) 宣伝・広報職…「著作権法」、「下請法」、「契約」

(1) 営業職

「契約」
営業職は、対外的な取引を担当しており、恒常的に契約行為を行います。契約とコンプライアンスは密接な関係にあります。取引先とコンプライアンス問題になるような契約を締結しないためにも、契約の基礎知識を教育する必要があります。

「独占禁止法」
営業職は、多様な取引先とのビジネスを担当しています。例えば、製品を代理店や販売店に提供して、市場に販売する取引を担当している場合は、再販価格維持などの問題のリスクを知っておく必要があります。

また、公共営業のような政府や地方自治体などが行う公共入札を担当している部門は、犯罪となってしまう「談合」について正しく認識する必要があります。

そのため、営業職には、独占禁止法の基礎知識を教育する必要があります。

「外為法」
営業職の中には、海外ビジネスを担当し、海外出張が多い社員もいると思います。輸出や輸入などの海外ビジネスを担当する担当者に対しては、安全保障貿易管理コンプライアンスの視点から、外為法を教育する必要があります。

(2) 商品企画、研究開発、製造、資材調達職

「独占禁止法」
技術系の社員が多いこれらの職種も、最近では、業界標準の策定や他社との共同研究開発などに関して、社外で同業他社とやり取りする場面が増えています。

そのような場面で、独占禁止法で禁止している行為や制限されている行為についてコンプライアンス問題が発生しないように、基本的な知識を教育する必要があります。

「下請法」
社外に発注する業務を行う可能性の高い職種であり、その取引が下請法の対象である場合、下請法を遵守する必要があります。そのため、下請法を教育する必要があります。

「契約」
下請取引先との契約において、下請法の問題が発生しないようにするために、契約についても基本的な知識を教育する必要があります。

(3) 宣伝・広報職

「著作権法」
商品やサービスの宣伝やホームページなどのサイトでの宣伝においては、他人の著作権を侵害しないために、著作権法について学び、適切な著作権の利用を教育する必要があります。

「下請法」
宣伝や広報のデザインや材料の手配のために、社外に発注する取引が考えられます。その場合、取引内容が下請法の対象となる場合がありますので、下請法を教育する必要があります。

「契約」
下請取引先との契約において、下請法の問題が発生しないようにするために、契約についても基本的な知識を教育する必要があります。

各法分野とコンプライアンス教育のポイントについては、以下の記事をご参照ください。

独占禁止法違反を防ぐ研修のポイントとは 教育設計と研修事例をご紹介

下請法コンプライアンス研修はこうする 事例で教育する効果的な対策

PL法コンプライアンス教育で品質問題リスクを防ぐ 研修事例をご紹介

海外出張やクラウド利用も注意! 外為法違反を防ぐコンプライアンス教育

著作権教育が明暗を分ける!うかつなコピペによる大損害に注意

コンプライアンス問題を防ぐ「契約書」チェック 法律別のポイントとは

以上のように、全社員共通の基本分野に加えて、職種や担当別に重点的な教育分野を決めて、継続的なコンプライアンス教育を行うことが、予防法務のために効果的です。

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「製造物責任法 (PL法)」をeラーニングで社員教育

eラーニング教材:製造物責任法 (PL法)(基礎編)

ビジネスに必要な製造物責任法(PL法)の基礎知識を身につける

この記事のとおり、PL法では、製造業者に「過失」がなくても、消費者が「損害」を受けた場合に、製造業者に損害賠償の責任が発生します。
本教材では、ビジネスで必要となる製造物責任法(PL法)の基本的な考え方や概念を学習し、ケーススタディで実務的な知識を身につけることができます。

本教材をeラーニングとして配信することで、効率的に「製造物責任法(PL法)」の社員教育をすることが可能です。

教材の詳細を見る

3. まとめ

組織的にコンプライアンス問題の発生を予防する「予防法務」を実施するには、コンプライアンス問題の潜在的なリスクを分析し、そのリスクに対して適切に対応できる仕組みや仕掛けを準備しておき、企業の業種に基づく特徴に合わせたコンプライアンス教育の企画をすることがお勧めです。

モノを作ることが主要な業務である「メーカー」は、職種と拠点が多いので、eラーニングの積極的な活用とeラーニングと集合研修を組み合わせたブレンディッド・ラーニングが効果的です。

また重点教育のサンプル例として、多様な職種があるという特徴に合わせた全社員向けの重点教育分野として、「パワハラ防止法」、「情報セキュリティ(個人情報保護を含む)」、「PL法(製造物責任法)」をご紹介しました。
さらに営業職、商品企画、研究開発などの職種別の特徴に合わせた重点教育の企画例を取り上げました。

今回ご紹介したメーカーの特徴に合わせたコンプライアンス教育の取り組みを参考に、自社の適切なコンプライアンスの実現に取り組んでください。

Written by

一色 正彦

金沢工業大学(KIT)大学院客員教授(イノベーションマネジメント研究科)
株式会社LeapOne取締役 (共同創設者)
合同会社IT教育研究所役員(共同創設者)

パナソニック株式会社海外事業部門(マーケティング主任)、法務部門(コンプライアンス担当参事)、教育事業部門(コンサルティング部長)を経て独立。部品・デバイス事業部門の国内外拠点のコンプライアンス体制と教育制度、全社コンプライアンス課題の分析と教育制度を設計。そのナレッジを活用したeラーニング教材の開発・運営と社内・社外への提供を企画し、実現。現在は、大学で教育・研究(交渉学、経営法学、知財戦略論)を行うと共に、企業へのアドバイス(コンプライアンス・リスクマネジメント体制、人材育成・教育制度、提携・知財・交渉戦略等)とベンチャー企業の育成・支援を行なっている 。
東京大学大学院非常勤講師(工学系研究科)、慶應義塾大学大学院非常勤講師(ビジネススクール )、日本工業大学(NIT)大学院 客員教授(技術経営研究科)
主な著作に「法務・知財パーソンのための契約交渉のセオリー(改訂版民法改正対応)、「第2章 法務部門の役割と交渉 4.契約担当者の育成」において、ブレンディッド・ラーニングの事例を紹介」(共著、第一法規)、「リーガルテック・AIの実務」(共著、商事法務:第2章「 リーガルテック・AIの開発の現状 V.LMS(Learning Management System)を活用したコンプライアンス業務」において、㈱ライトワークスのLMSを紹介 )、「ビジュアル 解説交渉学入門」、「日経文庫 知財マネジメント入門」(共著、日本経済新聞出版社)、「MOTテキスト・シリーズ 知的財産と技術経営」(共著、丸善)、「新・特許戦略ハンドブック」(共著、商事法務)などがある。

執筆者プロフィール

まるでゲームを攻略するように
コンプライアンス教育に
取り組めるよう、
無料のeBookを作りました。

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