「気合、根性、経験の3Kは古い」
法人営業について書かれているものにはこのように説かれていることが多いようです。そうすると、3Kに取って代わるアプローチは何なのかという疑問がわいてきます。
この問題に入る前にまず「法人営業とは何か」について確認しておきましょう。
モノやサービスといった商品を買う人には2つのタイプが存在します。自分の財布で買う人と、会社の財布で買う人です。後者を対象とするのが法人営業です。そうすると、会社で営業を担当されている方の多くが法人営業の仕事をしていることがわかります。
会社の財布で買う人が求める商品を提供するのが法人営業の役割です。非常に重要なテーマなのですが、標準的な理論体系は確立されてはいません。
そのため、いろいろな人がいろいろなことを言っているというのが現状です。本稿もその中の一つということになります。ただし、法人営業に関する出版物ではあまり触れられていない不都合な真実に焦点を絞って、法人営業の本質について説明したいと思います。
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目次
1. 法人営業の教科書的なアプローチの問題点
法人営業の教科書的なやり方については、法人営業について書かれた代表的な書籍から推定することができます。そこには3つの大きな問題点があります。
第1に、科学性の欠如です。
営業で立派な業績を上げた人が自分の経験を基にして売り上げを増やすノウハウを紹介する。これが法人営業について書かれた本の基本パターンとなっています。営業についての標準的な理論体系が確立されていない以上、そうならざるを得ない事情があります。
しかしながら、これが何を意味しているかというと、その有効性は科学的に立証されていないということです。自分の推奨する営業アプローチを実践した人と、実践しなかった人の間で営業成績に明らかな差が出たというデータを提示しなければ、単なる個人的な意見に留まります。それでは説得力に欠けます。
残念ながら、自分のアプローチの優位性を証明するような実証データをこれまで見たことがありません。そのため、「なぜそのような営業のやり方がベストと言えるのか?」という問いに対しては、「自分の経験からそう確信している」としか言えないのです。
第2に、売り手の視点に立っていて、肝心の買い手の視点に立っていないということです。
なぜそう言えるかというと、本の内容を購買のプロに読んでもらってお墨付きをもらったという説明を見たことがないからです。プロの買い手による評価を受けていない営業のやり方を信用するのは難しいはずです。例えて言うと、異性の意見を聞いていない恋愛マニュアルのようなものなのです。
仮に、購買のプロが法人営業の本を読んだら、どのような反応を示すでしょうか。筆者は次のように考えます。まず、法人営業の本の内容は、ビジネスの一般的なスキルと法人営業に固有のスキルの2つ要素で構成されています。前者には、問題解決能力やコミュニケーション能力などが含まれます。これらは法人営業に限ったことではなく、どんなビジネスでも求められるスキルです。そうすると、本の内容と法人営業のスキルの関係は次の式で表すことができます。
(本の内容)-(ビジネスの基本スキル)=(法人営業に固有のスキル)
購買のプロが法人営業の本を読んだとすると、そこで紹介されているビジネスの基本スキルについては評価をするはずです。そこには普遍的価値があるからです。購買の仕事でも問題解決能力やコミュニケーションは必要なスキルです。しかし、残った法人営業に固有のスキルについては評価しないと思います。そう考える理由は、営業目線で買い手を見ているので、買い手がまともなビジネスパーソンとして描かれていないからです。
論理を積み上げたうえでリスクを取る決断を下す買い手、目利きのスキルを使って埋もれたベンダーを発掘して育て上げる買い手などまったく出てきません。登場するのは、なかなか決断しない買い手や本音を言わない買い手で、せいぜい営業に対する恩義を忘れない情に厚い買い手ぐらいです。そのようなイマイチな購買担当を動かすノウハウが法人営業の固有のスキルになってしまうのです。
売り手が営業のプロなら、買い手も購買のプロです。このような敬意を欠いた見方をする営業側の主張に対して、誇り高き購買のプロが賛意を示すわけがありません。釣りの場合は本当に釣られるかどうかを魚に聞くわけにはいきませんが、営業の場合は購買のプロに事の真相が聞けるのです。本の中では「顧客の視点に立って考えよ」と説かれているだけに皮肉なことです。
第3に、どのような商品を前提として法人営業を論じているかが不明瞭な点が挙げられます。
法人はさまざまな商品を買います。数十円の事務用品もあれば、数千億円で会社を買収することもあります。当然のことながら商品によって買い方が異なります。買い方に応じて営業のアプローチも変える必要があります。これに対して、書籍の中では著者自身の経験した商品をイメージしていることが垣間見えることはありますが、想定する商品像を明確に説明しているものを見たことがありません。
そのため、多くの読者は、果たしてこのアプローチは自分の担当している商品でも有効なのか、という不安を感じます。例えて言うと、本で紹介されている法人営業のノウハウはすべての人を対象にしたフリーサイズの服のようなものです。悪くはないのですが、みんなに合うというのは誰にも合わないということでもあります。実際の商売では相手にフィットする服を選択しなければ顧客の満足を得ることはできません。
本稿はこのような問題点を踏まえて法人営業についての議論を進めます。ただし、第1の問題、つまり、科学的に検証された実証データについては類書を圧倒しているとは言えないので、第2の問題(買い手の視点で考える)と第3の問題(商品のタイプ別に考える)にフォーカスして話を進めたいと思います。
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2. 買い手の視点で法人営業を考える
標準的な理論体系がなくて、世間で説かれているアプローチもそれほど信頼できるものではないとしたら、どうしたらよいでしょうか。
その場合は、自分で確信を持てる確実なものから演繹的に考えていくというのが妥当なアプローチになります。まずは自分を基準にして考えてみるのです。自分のことは確実にわかっているからです。そこで、「自分が商品を買うときはどうするか」というところから出発しましょう。法人営業の重要性を念頭に置くと、自分にとってとても大事で、こだわりを持っていて、しかも高額なモノやサービスを買う場合を想定するとよいでしょう。筆者の場合で言うと、ピアノが趣味なのでグランドピアノを買うケースが考えられます。
このような大事な商品を買う場合に、営業の熱い売り込みによって買うことがあるでしょうか。あるいは、営業の説得によって購買を決めることがあるでしょうか。答えは「そんなことは決してない」になります。自分にとって大事な商品は、買い手である自分が十分な調査をしたうえで、何を買うかを決めるはずです。そこにおいて、営業担当が優秀かどうかはそれほど大きな問題ではありません。
もちろん、ふらりと立ち寄った店舗で買ったり、飛び込みの営業担当の説得によって買うこともあるでしょう。そういう場合は、営業担当の優劣が鍵を握るかもしれません。しかし、それは自分にとって重要ではない低額商品に限られるので、法人営業の世界ではありません。買い手が自分で探して自分で決める。これが法人営業の基本原則となります。
大事な商品を買うときは、「自分で探して自分で決める」ということ以外に、もう1つ必ず行うことがあります。それは、家族に相談するということです。本当は相談なんてしたくないのですが、値の張る商品の場合は黙って買うわけにはいかないという事情があります。家族の承諾を得て晴れて商品が買えるというわけです。買い手の会社でも同じことが起こります。
このように買い手の視点で考えると、法人営業については次の2つことが言えそうです。
- 「買い手が自分で探して、自分で決める」
- 「買うためには会社の承認を得る必要がある」
ここからいくつかの帰結を導くことができます。まず、買い手は自分にとってベストな商品を買いたいので、自分で業者を探して、自分で商品を選定します。営業担当の売り込みは、会社にとって重要な商品に関してはほとんど意味がありません。したがって、買い手からコンタクトしてくるのを待つというのが法人営業の基本戦略となります。
重要な商品の購買にあたって、買い手が重視するのは商品の実力や売り手企業の実力です。営業担当の力量は二の次です。当然のことながら、商品や会社の実力を超えて営業成果を上げることは不可能です。この点について、買い手は極めて冷静に見ています。
自分が大事なものを買うときを想像してください。自分が評価できない商品は情け容赦なく拒否するはずです。したがって、法人営業のミッションは商品や会社の実力をできるだけ正確に、わかりやすくお客さんに伝えるということになります。
また、購買担当は商品を買うときに、上長に説明をして承認を得なければなりません。そのための説明資料が必ず必要になるので、購買担当は品質の高い資料を作成したいという欲求を持っています。そうすると、高品質な資料を用意できる営業担当が評価されることになります。
法人営業の担当は、購買担当に成り代わって社内資料を書けるぐらいのビジネススキルを持つ必要があることがわかります。社長が購買に期待する究極の役割は会社の競争優位の確立に貢献することです。その文脈で考えると、法人営業には経営戦略論を使いこなすスキルが不可欠となります。
購買のプロは営業をこう見ている
買い手の視点に立つ以上、「買い手は何と言っているか」ということを無視するわけにはいきません。筆者が購買のプロに取材をした結果を紹介すると次のようになります。これまでの説明と矛盾するものはないことがわかります。サンプル数が限られているので科学的な有効性には限界がありますが、参考にはなるはずです。
Q. 営業から売り込みがあったとき、その提案が素晴らしかったら購買を検討するものか?
A. 社内で購買することがオーソライズされない限り、評価をすることはない。そんなにヒマではない。ただし、社長が掲げている戦略的テーマと合致していて、かつ、経済的なメリットが期待できる提案が持ち込まれた場合は検討する。
Q. 提案営業についてはどのような対応をするのか?
A. 必ず複数の会社に提案を依頼する。そのうちのA社が素晴らしい提案をしてきたら、そのアイデアは他社にも教える。そうやって業者を競争させるのは購買のプロとして当然のアクションだ。
Q. 「営業は足で稼げ」という考え方についてはどう思うか?
A. 購買と営業の立場の違いがあるから、ある程度はやむを得ない面もあるが、それでも営業の行動は効率が悪いと思う。一度は営業担当と会う必要があるが、こちらのニーズに応えられるのであれば、メールでも商談を進めることができる。訪問されたからといって営業を評価するわけではない。
法人営業を担当されている方は、商談の合間にこのような会話をお客さんとすることで買い手の論理を学ぶとよいと思います。
3. 法人営業を商品のタイプに応じて分類する
次に、第3の問題点、つまり、商品に応じた法人営業のアプローチについて考えてみましょう。筆者について言うと、ボディソープを買うときとグランドピアノを買うときでは買い方がまったく違うということです。
法人営業のタイプは、商品を次の2つの軸で分類するとわかりやすいと思います。
- ミッションクリティカル
- 情報の非対称性
「ミッションクリティカル」とはもともとIT用語ですが、ここでは本業に必要不可欠で、トラブルが発生すると致命的な影響が発生する商品を指します。トヨタにとっての鋼板、アップルにとっての液晶パネル、ネスレにとってのコーヒー豆などがミッションクリティカルな購買商品になります。これに対して、どの会社も名刺を購入しますが、名刺はミッションクリティカルではありません。買い手の立場から見ると、ミッションクリティカルな商品ほど購買業務の優先順位が高くなります。
「情報の非対称性」というのは経済学の用語です。その意味は、市場において売り手は商品の情報(専門知識)を持っているけれども買い手はそれについて知らない状態を指します。ミクロ経済学では市場競争が貫徹すると利潤がゼロになって社会的厚生が極大化することになっていますが、情報の非対称性が存在するとそれが実現しません[1](売り手に超過利潤が発生するため)。
要するに、売り手が得をして買い手が損をするということです。
情報の非対称性がある商品としては医薬品が挙げられます。一方、ガソリンは情報の非対称性がほとんどない商品と言えるでしょう。買い手の立場から見ると、情報の非対称性がある商品ほど売り手に有利になるので、購買業務の優先順位は高くなります。一方、情報の非対称性のない商品は市場価格が形成されやすいので、買い手の腕の見せどころが少なくなります。そのため、購買業務の優先順位は低くなります。
ミッションクリティカルと情報の非対称性という2軸で商品を切ると、法人営業は4つのタイプに分類することができます。
図表)商品に応じた法人営業のタイプ
4. 商品のタイプから見た購買のやり方と法人営業の攻め方
4つのセグメントごとに購買のやり方が異なります。それに応じて営業の攻め方も変わります。
セグメント①は、ミッションクリティカルではなくて、情報の非対称性もない商品の購買です。
法人が購入する事務用品などがこれに該当します。購買単価が低く、市場価格が形成されているものも多く、購買のプロとしてスキルを発揮する余地が少ない世界です。購買の優先順位が最も低い業務なので、社内の注目度も高くありません。そのため、購買担当にとっては相対的に気合の入らない業務になります。
セグメント②は、ミッションクリティカルではないけれども、情報の非対称性がある商品の購買です。
働き方改革を実現するためのコンサルティング会社の起用、エンジニアのスキル管理のためのデータベースの購入などが該当します。情報の非対称があるので売り手に有利な状況となります。購買担当としては該当する商品を勉強することで情報の非対称性を克服する余地があります。しかし、ミッションクリティカルではないので、そこまで手間暇をかける余裕がありません。そのため、購買担当にとっては攻めて成果を上げるよりも、守りを固めてリスクを避けるのが現実的な選択となります。
セグメント③は、ミッションクリティカルで、情報の非対称性がある商品の購買です。
今で言うと、社運を賭けてAIを導入することなどが該当すると思います。ミッションクリティカルな商品の購買なので重要な業務になります。それに加えて、売り手が有利な情報の非対称性があるので、下手を打つとカモにされるリスクがあります。そのため、このセグメントは購買にとって戦略的に最も優先順位の高い業務になります。購買担当は調査、研究をすることによって売り手の商品知識のレベルに近づくように必死に努力をします。それによって、カモにされることを避けるのと同時に、自社のライバルよりも有利な条件で購買できるようにしたいからです。
セグメント④は、ミッションクリティカルで、情報の非対称性がない商品の購買です。
トヨタの鋼板、キリンのホップなどが該当します。ミッションクリティカルな商品なので購買にとって重要な業務ですが、情報の非対称性がないので、セグメント③と比較して買い手のスキルを発揮する余地は相対的に少ないと言えます。それは競合他社よりも有利な条件で買うことが容易ではないということを意味します。
セグメント④には特徴的な現象が見られます。まず、購買部門の幹部はこのセグメントを熟知しています。豊富な経験に加えて、もともとセグメント③だった商品を、自分たちが若手時代に調査、研究をすることで情報の非対称性を克服してセグメント④にシフトさせたというケースもあります。
そのため、組織内に知識格差が存在し、経験の浅い購買担当が上からやり込められて苦労します。さらに、幹部にとってはなじみの薄いセグメント③よりも勝手知ったるセグメント④の方が快適なので、このセグメントの優先順位を必要以上に高くしてしまうことがあります。政治的な優先順位が高くなるということです。「購買の保守本流はセグメント④」という戦略性に欠ける布陣がその典型です。
セグメントによって購買のやり方が変わるので、営業も攻め方を合わせていく必要があります。そこにおいて認識すべきことは、購買を担当するプロも人の子だということです。会社からの評価を得ようという動機を持って購買業務が行われるのです。
購買業務の中で優先順位が最も低いセグメント①では評価が得にくいので、できるだけ手間暇を掛けたくないというのが購買担当の本音になります。そのような本音を見抜いて、それに応えられる営業が評価されることになります。また、このセグメントは商品で差別化できる余地が少ないので、営業担当のビジネスパーソンとしての基本スキルが評価される可能性があります。他の条件が同じであれば、問題解決能力やコミュニケーション能力の優れたナイスな営業担当から買いたいと誰もが思うはずです。逆に言うと、法人営業の固有のスキルはほとんど求められないことになります。
セグメント②については、売り手との間に商品知識のギャップがあるので、商品についてわかりやすく説明できる能力を持った営業担当が評価されるはずです。一方で、優先順位が2番目に低いこの業務に十分な時間を割くことはできないので、購買担当は「よくわからない」という感覚を払しょくしきれません。その結果、保守的な行動を取る可能性が高くなります。
既存購入商品の場合は、既存の納入業者が圧倒的に有利になります。新規購入商品の場合は、商品や会社のブランドが大事になります。買い手としてできるだけリスクを避けたいからです。昭和のケースで言えば、「電算機を買うならIBMにしておけば間違いない」というやつです。そのため、法人営業の担当者が活躍できる余地は限られることになります。
セグメント③も情報の非対称性があるので、説明能力を伴った営業アプローチが大前提となります。ただし、戦略的な優先順位の高い業務なので購買も本気で攻めてきます。そのため、営業にはレベルの高い説明能力が求められます。このように言うのは簡単ですが、実際には至難の業となります。
筆者の経験で言うと、旭硝子で化学品の営業を担当していたときに、商品の知識は社内教育によって深めることができましたが、それはあくまでも化学理論に基づいた理解の仕方でした。ところが、それでは当時の花形産業だったエレクトロニクスのお客さんに売るときにまったく通用しなかったのです。
エレクトロニクスのお客さんには、化学ではなくて電子工学の言語で説明しない限り理解してもらえないのです。お客さんに評価される説明能力を持つためには、化学の理論だけでなく電子工学の理論にも通じる必要があったのです。自社の商品をお客さんの言語で説明できるようになるということです。
一般論で言うと、異なるパラダイムの通訳ができるスキルということになります。これこそが法人営業に固有のスキルの核心と言えるでしょう。
説明能力というハードルをクリアしたうえで、さらに、この商品を買うことによる定量的メリットや、競合他社の購入条件よりも有利な条件を引き出していることをアピールできる情報を提供できる営業が評価されることになります。そうすると、最後は会社の実力が勝負の鍵を握ることになります。したがって、お客さんに対して会社の実力がフルに発揮できるように道を開くのが法人営業の大事な役割になります。
セグメント④は、既存の納入業者が存在するのが普通です。買い手の幹部は昔から付き合いのある納入業者と強固な関係を築いています。そのため、購買担当が積極的に大胆な方針変更をする可能性は少ないと言えます。また、業者を変更する場合には顧客に切替費用が発生しますが、情報の非対称性のない商品は市場価格が成立しているケースが多いので、切替費用をカバーできるメリットを提示するのは容易ではありません。購買担当にとっても切替のメリットは多くを期待できないのに対して、失敗したときのダメージは致命傷となります。既存の納入業者が圧倒的に有利な状況にあるので、営業としては既存業者の失策待ちというのが最も現実的な対応になります。
以上の議論から、商品別に見ても、法人営業はお客さんからお声が掛かるのを待つのが基本であることに変わりがありません。そして、買い手は頼りになる会社を自分で探すので、お声が掛かるかどうかは会社の実力で決まることになります。経営幹部は「営業の動きが悪い」と嫌味を言うヒマがあったら、自分の会社の実力を上げることに専念すべきです。なぜならば、それが最も営業効率を上げる方法だからです。
5. 法人営業のソフトな側面
これまではロジックをベースにした法人営業のハードな側面について議論してきましたが、営業にはロジックでは割り切れない人間的な側面があることも事実です。最後に、法人営業のソフトな側面において戦略的に無視できない点について簡単に触れておきます。
① 購買のプロが重視する営業の人間的側面
筆者が旭硝子の営業マンだったときに購買部の先輩を招いた勉強会がありました。そのときに先輩から教えられた2つのことが印象に残っています。それ以降、営業マンとして肝に銘じてきたことです。
1つは、購買から見て厳しい交渉相手は尊敬されるということです。もちろんそこにはいったん決めた約束はどんなことがあっても守るという条件がつきます。約束を守るならどんなに厳しい交渉も許されるということです。
もう1つは、自ら販売する商品に愛着を持つということです。どんなに安くて良くても自社の商品に愛着を持っていない営業からは買う気にならないということです。この2つを守れば売れるというわけではありませんが、法人営業の基本的な心構えとして大事なことだと思います。
このケースのもう一つのポイントは、法人営業を担当されている方の社内にも購買のプロがいるということです。お客さんに聞かなくても、営業の人間的側面や購買担当の本音を教えてくれる人が社内にいるのです。
② 営業のスタンドプレイ
売れれば利益が出るという会社の構造があるので、営業はスポットライトを浴びるポストと言えます。期待されて注目を集めるだけに、営業担当はスタンドプレイの誘惑にさらされます。
そのため、新規受注に成功すると、作、演出、主演をすべて自分ひとりでやったかのように報告しがちです。「狩人」としての自分の優秀性をアピールして会社からの評価を得ようとするのです。そのような山っ気がないと営業が務まらない面があるのも確かです。
しかしながら、このようなスタンドプレイが「買い手が自分で探して、自分で決める」という法人営業の真実を隠ぺいすることにもなります。営業が新規開拓に成功したときの報告書をお客さんに見てもらうとよいと思います。必ず苦笑されることになります。
③ 購買のスタンドプレイ
購買も人の子ですから、営業と同じようにスタンドプレイの誘惑にさらされます。それは担当が代わったときに起こります。新任である自分の存在感をアピールするために、納入業者を切り替えるのです。
ミッションクリティカルなセグメント③、④での業者変更はリスクがあり、セグメント①ではインパクトがないので、ミッションクリティカルではないけれども情報の非対称性のあるセグメント②でドラマが起こりがちです。セグメント②について詳しい人間が社内に少ないことに乗じて、「自分は専門家だ」と振る舞うことで業者の切り替えが行なわれます。
社内アピール用に目に見えるメリット(コスト削減など)は必ず用意されますが、目に見えないところでデメリット(機能拡張性を絞るなど)が発生しているのが実態です。購買のスタンドプレイに政治的な意味はありますが、戦略的な意味はほとんどないことに注意が必要です。法人営業としても対応に気を使うことになります。
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6. まとめ
買い手の視点に立って考えると、「買い手が自分で探して、自分で決める」「買うためには会社の承認を得る必要がある」が法人営業の基本原則であることがわかります。
また、購買はミッションクリティカルと情報の非対称性に応じて購買のアプローチを変えます。法人営業もそれに応じた対応が求められます。
法人営業の本質をまとめると次のようになります。
① 買い手からのコンタクトを待つのが基本戦略。
② 会社の実力が営業の効率と成果を決める。
③ 買い手に対して会社が実力通りの力を発揮できるように道を開くのが法人営業の役割。
④ 法人営業に固有のスキルは次の2つ。
1. 商品や会社の実力を買い手の言語(パラダイム)で説明する能力
2. 購買担当に成り代わって社内資料を書ける能力
買い手にとっては「自分で探して、自分で決める」というのは至極当然のことになります。したがって、法人営業を「お客さんという獲物を狙って追いかけるハンター」というイメージで捉えるのは的外れであることがわかります。それよりも、「お客さんというハンターが撃ち落とした獲物(商品)を回収する猟犬」というイメージの方が適切だと思います。
別の言い方をすると、新規受注の作、演出、主演はお客さんであって、営業はその脇役を演じているに過ぎません。もちろん脇役の重要性を最もわかっているのは主演を務める購買のプロ自身です。顧客ファーストを掲げるのであれば、これぐらいのイメージで法人営業を捉える方がよいと思います。
法人営業を担当する方は、買い手の論理とは何かという問いを常に意識されることをお勧めします。
[1] これを「市場の失敗」と言います。情報の非対称性のほかに、規模の経済、経済の外部性、公共財の供給においても発生します。市場の失敗に対しては政府による是正が求められます。そのため情報の非対称がある医薬品は国によって薬価が定められます。
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<参考文献>
・江口夏郎・山本和隆(2006)「断られても成功 スピード勝負の法人営業」ファーストプレス.
・山本和隆(2007)「現場リーダーのための 営業戦略のすべてがわかる本」日本能率協会.