株式会社リクルートの2023年の調査[1]によると、企業の人事課題として、既存人材の定着に関する内容が上位に並んでいました。
- 従業員のモチベーション維持・向上(35.0%)
- 若手社員の定着率向上(25.2%)
- 離職率の改善(23.0%) など
コストをかけて採用した優秀な人材には、できるだけ長く活躍してほしいもの。そこで重要になるのが、従業員の定着率を高め、長く活躍してもらうための取り組み「リテンション」です。
この記事では、リテンションの重要性やメリットから、具体的な施策、成功事例まで、分かりやすく解説します。企業の持続的な成長を支える人事のリテンション施策について、ぜひ参考にしてみてください。
ビジネスコンサルタント監修!1on1ミーティングの導入手順や注意点から、効果を高める対話スキルまで詳しく解説 ⇒ 「1on1ミーティングハンドブック」をダウンロードする(無料)
目次
リテンションとは?
リテンション(Retention)は、保持、保留、維持などを意味する単語です。マーケティング用語では既存顧客の維持に向けた取り組みを指し、人事用語では人材流出を防ぐ取り組みを指します。
人事分野のリテンションとして挙げられる施策は、従業員の能力開発やワークライフバランスの推進、福利厚生や報酬制度の拡充などさまざまです。リテンションとして独立した取り組みがあるのではなく、複数の施策を通してそれぞれの施策目的を達成することで従業員の定着を図ります。
人事に関する注目トピックを毎週お届け! ⇒ メルマガ登録する
リテンションが注目される背景
リテンションが注目される背景には、以下のような近年の傾向が関係しています。
- グローバル化やデジタル化といった社会情勢の変化
- 少子高齢化による生産年齢人口の減少
- 就職活動における若者の安定志向
めまぐるしく変化する市場において、企業が優位性を保ち成長を続けるためには、高度なスキルや専門知識を持った人材が必要不可欠です。しかし、生産年齢人口の減少により人材獲得競争は激化しており、優秀な人材を確保するのは簡単ではありません。
そのため、既存の従業員を維持し、その能力を最大限に引き出すことが求められるようになりました。
また、新卒の就職活動においても、近年では企業に安心や安定を求める傾向があり、離職率が企業選びの判断材料の1つになっています。このようなことから、従業員の定着率を高め、長く活躍してもらうための取り組みであるリテンションが注目されているのです。
リテンションのメリット:企業成長を支える多面的効果
リテンションによって優秀な従業員の流出が回避できれば、企業にとって大きなメリットとなるでしょう。主なメリットには、費用削減、企業競争力の強化、より魅力的な組織文化の醸成が挙げられます。具体的に解説します。
費用削減と人材活用:採用・育成コストの抑制と人材の有効活用
リテンションは、企業にとって大きな負担となる人材の採用・育成コストを大幅に削減します。
優秀な人材を獲得するための採用活動には、広告費や人材紹介会社への手数料など、多大な費用と時間がかかります。また、新たに採用した人材を育成するためにも、研修の実施やOJTなど、多くのリソースを投入する必要があります。
一方、リテンションによって既存の従業員を維持できれば、採用・育成のコストを抑制できるだけでなく、既に培われたスキルや知識、経験を最大限に生かすことができます。
企業競争力の強化:顧客関係強化、ノウハウ継承、ブランド力向上
リテンションは、企業競争力の強化にも大きく貢献します。
離職率が高く、担当者が頻繁に変わる会社では、顧客との良好な関係構築は難しくなります。一方、定着率が高く、担当者が顧客と安定した関係を築ける会社は、顧客が信頼感や安心感を持つため、良好な関係構築に繋がりやすいと言えるでしょう。
また、長年培ってきた企業独自のノウハウや技術は、経験豊富な従業員によって次世代へと受け継がれます。これは競争優位性を維持する上で欠かせません。
さらに、定着率の高い企業は、従業員満足度が高い企業として顧客や取引先から高く評価されるため、企業ブランドの向上も期待できます。
組織文化の醸成:エンゲージメント・モチベーション・生産性向上
リテンションは、従業員のエンゲージメントとモチベーションを高め、より魅力的な組織文化を育みます。
従業員が安心して長く働き続けられる環境を企業が積極的につくることで、従業員の企業への信頼や愛着=エンゲージメントが深まり、仕事に対するモチベーション向上につながります。
エンゲージメントとモチベーションが高い従業員が増加することで、組織全体の生産性向上にも貢献できます。
これらのことから、リテンションは費用対効果の高い人事施策として、経営戦略上でも重要となるでしょう。
リテンションにおける効果的な施策:多角的な視点からのアプローチ
リテンションには、金銭的報酬、非金銭的報酬、成長機会の提供、コミュニケーション活性化など、多角的な視点からの施策が必要です。これらの施策を組み合わせることで、従業員のさまざまなニーズに対応し、エンゲージメントや定着率の向上を目指します。
金銭的報酬:給与、賞与、昇進
従業員のモチベーション維持には、適正な給与水準や、成果に応じた報酬が欠かせません。定期的な市場調査で業界内の給与水準を把握し、自社の給与体系に反映させることが重要です。
賞与は、目標管理制度(MBO)と連動させ、個人の目標達成度やチームへの貢献度を明確な基準で評価し、金額に反映させましょう。昇進については、透明性の高い評価制度と明確な昇進基準を設けることで、従業員のキャリアアップ意欲を高めることができます。
非金銭的報酬:ワークライフバランス、福利厚生
従業員とのエンゲージメントには、仕事とプライベートを両立し、心身ともに健康に働ける環境を提供することが重要です。
フレックスタイム制やリモートワークを取り入れ、従業員が柔軟に働ける環境を整えましょう。育児や介護と仕事の両立を支援する制度の導入・強化も、従業員の安心感を高めます。
加えて、健康診断やストレスチェックの実施、健康増進のための補助金支給など、従業員の健康をサポートする福利厚生も充実させたいところです。
成長機会の提供:研修、キャリアパス
従業員は会社の一員であると同時に一人の社会人でもあります。社会人として、各自が成長機会を得られるように、スキルアップのための研修制度や、キャリアアップの道筋を示すことが重要です。
階層別研修や専門スキル習得のための外部研修など、多様な研修プログラムを用意し、従業員のスキルアップを支援しましょう。社内公募制度を導入し、他部署で新たな業務に挑戦できる機会を設けることも有効です。
定期的にキャリア面談を実施すると、従業員のキャリアプランを共有でき、各従業員のニーズに合った成長機会の提供につながります。面談では、キャリアプランの実現に必要な業務経験やスキル、それらの習得をサポートする制度を明確に伝えましょう。
▼関連記事(弊社コーポレートサイトに移動します)
キャリア開発とは?企業のメリットや取り組み方法、企業事例を紹介
コミュニケーション活性化:風通しの良い職場環境
従業員が安心して意見やアイデアを出し、協力し合える職場環境は、従業員のエンゲージメントやモチベーション向上につながります。
イベントや意見交換会などを通して、上司と部下、同僚同士のコミュニケーションを促進しましょう。社内SNSを活用し、部署や役職を超えた情報共有やコミュニケーションを活性化することも有効です。
リテンションの効果を持続させるためのポイント
リテンションを成功させるには、継続的な改善が必要です。ここでは、効果を持続させるための3つのポイントを見ていきましょう。
従業員の声を聞く:ニーズ把握、課題発見
まずは、従業員が会社にどのようなことを求めているのか、従業員の意見を収集し、不満や要望を把握することが重要です。
従業員満足度調査や定期的な1on1を通じて収集した意見を分析し、課題の発見と改善策の検討に役立てましょう。
1on1ミーティングの導入手順や成功ポイントがこの一冊に! ⇒ 「1on1ミーティング ハンドブック」を無料でダウンロードする
効果測定と改善:PDCAサイクル
リテンション施策は、導入後に期待通りの効果を上げているかを測定し、必要があれば改善を加えるPDCAサイクルを回すことが重要です。
定着率やエンゲージメントスコアなどを指標として測定し、結果に基づいて施策の内容を見直していきましょう。
経営戦略との整合性:企業理念・ビジョンとの整合性
人的資本経営の観点からも、従業員の能力開発や働きがいのある環境整備に投資することは、企業の成長に不可欠です。
リテンション施策を、企業理念・ビジョン浸透のための投資として位置付けることで、効果的な運用と企業の持続的な成長の実現につながります。
全従業員が共通認識を持って施策に取り組めるよう、トップダウンによるメッセージ発信、成功事例の共有、研修・勉強会の実施など、リテンションを企業全体で推進していきましょう。
リテンションの成功事例
ここでは、リテンションの成功事例として、三井化学株式会社と株式会社エー・ディー・ワークスの具体的な施策を紹介します。
三井化学株式会社(製造業)
三井化学株式会社は、2021年に新経営計画「VISION2030」を策定し、人事戦略上の優先課題として、「人材の獲得・育成・リテンション」「従業員エンゲージメント向上」「グループ・グローバル経営強化」の3つを挙げています。
リテンション、従業員のエンゲージメント向上における、主な取り組みは以下の通りです。
金銭的報酬に関する取り組み
- 業績評価による報酬設定
職務目標の達成度と行動による業績評価を行い、結果を報酬に反映します。年に1回上司と目標設定面談を行うことを制度化しており、職場の重点課題を反映した職務目標を設定します。
賞与は評価区分ごとの一律配分ではなく、個々のパフォーマンスに応じてきめ細かく調整できる仕組みを採用しています。
- 報酬水準の見直し
各国・地域の労働市場において、魅力的かつ競争力のある報酬水準・体系になるよう設定しています。定期的に見直しが行われ、2022年度には一般社員の報酬水準のベースアップを、2023年度には一般社員・管理社員のベースアップを行いました。
非金銭的報酬に関する取り組み
- グローバル規模でエンゲージメント状況を調査
従業員のエンゲージメントをグローバル規模で調査し、明らかになった課題に即時対応しています。過去には、従業員の学習や経営陣との対話が課題として特定されました。その改善施策として「ラーニングプラットフォーム」「社長ラウンドテーブル」を導入しています。
キータレントマネジメント体制
戦略重要ポジションを担う候補者の早期選抜と戦略的育成を目的とした、人材マネジメントの中核の担う取り組みです。各候補者の「キャリア」「個人の興味・志向性」「育成計画」を議論する文化を根付かせました。
また、執行役員の多様化率(女性3人以上、外国籍・キャリア採用者と合わせて10人以上)を設定するなど、ダイバーシティ推進にも取り組んでいます。
評価結果のフィードバック面談
職務目標の達成度評価、行動評価の結果を、年に1回上司がフィードバックします。結果の理由と併せて長所や改善点を共有し、適切な支援を行っています。
また、行動評価は企業の行動指針およびコア・バリューに定める行動を取っているかを指標としており、フィードバックによって行動指針およびコア・バリューの浸透・定着を促進しています。
株式会社エー・ディー・ワークス(資産関連サービス業)
株式会社エー・ディー・ワークスでは、優秀人材の採用・離職防止のため、以下のような金銭的報酬に関する取り組みを行っています。
- 競争力を重視した報酬水準の設定
労働市場の報酬水準を継続的に調査し、それを上回るように報酬改定をしています。「同一成果同一報酬」の考え方により、ポジションや業務内容ではなく成果にフォーカスして報酬の引き上げを行っています。
- キャッシュ型長期業績連動報酬(LTI)
業績目標が達成されれば、個人の業績に関係なく向こう3年間にわたって固定的な報酬が通常の賞与とは別に支給されます。毎年実施するため、業績を達成した事業年度が継続すれば、3年前から1年前の3年分の報酬が積み上がって支給されることもあります。
- 新卒入社の従業員を対象に譲渡制限付き株式を付与
顧客層である富裕層の投資マインドの理解、企業へのロイヤリティ醸成などを目的として、2017年新卒入社の従業員に36万円相当分の自社株を付与しています。譲渡制限期間は1年です。
同社では、金銭的報酬に加えて内的報酬(達成感や充実感、好奇心など、自分の内側から生まれる報酬)も重視しています。
従業員への満足度調査・幸福度調査を実施した結果、幸福度には職務内容や業務における自由度が関係すると見られました。このことから、従業員全体が職務内容や業務における自由度などを通して内的報酬を実感できるよう、人材育成の強化を図っていくようです。
まとめ
リテンションとは、保持、保留、維持などを意味する言葉です。人事用語では人材流出を防ぐ取り組みを指します。
グローバル化やデジタル化が進む現在、企業は常に変化を迫られるようになり、人材の獲得競争も激化しています。そのような中、自社の優位性を築くためには、優秀な人材を確保するリテンションが必要不可欠です。
リテンションのメリットは、主に以下が挙げられます。
- 費用削減と人材活用:採用・育成コストの抑制と人材の有効活用
- 企業競争力の強化:ノウハウ継承、顧客関係強化、ブランド力向上
- 組織文化の醸成:エンゲージメント・モチベーション・生産性向上
リテンションでは、以下のような多角的な視点からのアプローチが必要です。
- 金銭的報酬
- 非金銭的報酬
- 成長機会の提供
- コミュニケーション活性化
リテンションを成功させるためには、以下のポイントを押さえ、改善を続けることが必要です。
- 従業員の声を聞く
- 効果測定と改善
- 経営戦略との整合性
リテンションの成功事例として、三井化学株式会社と株式会社エー・ディー・ワークスの2社を紹介しました。
- 三井化学株式会社:業績評価による報酬設定やキータレントマネジメント体制など、金銭的報酬・非金銭的報酬に関する取り組みを実施
- 株式会社エー・ディー・ワークス:競争力を重視した報酬水準の設定やキャッシュ型長期業績連動報酬(LTI)の支給など、金銭的報酬に関する取り組みを実施
2社のように、リテンションでは自社の課題や目指す方向性に応じて複数の施策を組み合わせることが重要です。
従業員一人一人の能力と情熱を最大限に引き出し、企業の持続的な成長につなげるために、今こそ積極的にリテンション施策を行いましょう。
[1] 株式会社リクルート「企業の人材マネジメントに関する調査 2023 人事制度/人事課題 編」,2023年11月1日公表,P7(閲覧日:2024年9月28日)
参考)
ProFuture株式会社「リテンション」,『HRpro』,https://www.hrpro.co.jp/glossary_detail.php?id=53(閲覧日:2024年10月5日)
株式会社カオナビ「リテンションとは?【意味を簡単に】効果、人事施策の具体例」,『kaonavi 人事用語集』,https://www.kaonavi.jp/dictionary/retention/(閲覧日:2024年10月5日)
株式会社三井住友銀行「リテンションとは?注目される背景やメリット、効果的な施策について紹介」,『Business Navi』,https://www.smbc.co.jp/hojin/magazine/personnel/about-retention.html(閲覧日:2024年10月5日)
株式会社カオナビ「【事例】リテンションマネジメントとは? メリット、やり方」,『kaonavi 人事用語集』,https://www.kaonavi.jp/dictionary/retention-management/(閲覧日:2024年10月5日)
三井化学株式会社「人材マネジメント」,『Mitsui Chemicals』,https://jp.mitsuichemicals.com/jp/sustainability/society/employee/ms/index.htm(閲覧日:2024年10月5日)
経済産業省「人的資本経営の実現に向けた検討会 報告書~人材版伊藤レポート2.0~ 実践事例集」,https://www.meti.go.jp/policy/economy/jinteki_shihon/pdf/report2.0_cases.pdf(閲覧日:2024年10月5日)
経済産業省「「経営競争力強化に向けた人材マネジメント研究会」報告書 事例集」,https://www.meti.go.jp/shingikai/economy/jinzai_management/pdf/20190329_03.pdf(閲覧日:2024年10月5日)