約半数が失敗!?簡単にはいかない「働き方改革」推進
働き方改革を推進する企業は年々増加傾向にありますが、取り組みの成果をうまく上げられずにいる企業も少なからず出てきているようです。株式会社ワーク・ライフバランスが2022年12月~2023年1月に実施した調査によると、「働き方改革がうまくいっている」と回答した企業は約4割にとどまっています[1]。
働き方改革の成功と失敗を分ける要因は何でしょうか、成功する企業はどこが違うのでしょうか。
この記事では、「第1回 働きやすく生産性の高い企業・職場表彰」大企業部門・最優秀賞(厚生労働大臣賞)の受賞他、数々の機関からその取り組みを高く評価されているSCSK株式会社(以下、SCSK)の事例を取り上げます。
わずか3年間で全社平均残業時間を月30時間から18時間16分に、有給休暇取得率を66.7%から97.8%にまで改善した同社の働き方改革の軌跡をなぞり、成功の要因を探っていきたいと思います。
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目次
1. 「夜遅くまでいる従業員」「休まない従業員」が「良い従業員」?
“業界の常識”に経営トップが感じた危機感
ここでは、SCSKが働き方改革のための取り組みをスタートさせたきっかけなどについて紹介します。
1-1. 「この労働環境はありえない。インテリジェンスとはかけ離れている」
2011年10月、住商情報システム(SCS)とCSKの2社が経営統合し、システム開発やITインフラ構築を主業務とする「SCSK株式会社」が誕生しました。当時は同業他社と同様に、残業や休日出勤が多く長時間労働が常態化し、生産性も決して高いとはいえない状況にあったといいます。
また、優秀な従業員は業務が集中して仕事を抱え込んでしまう、子育てや介護との両立が難しいため離職者が後を絶たない、そんな問題も抱えていました。
とはいえ、24時間365日稼働するシステムの開発・運用・保守に関わるという業務の性質上、夜間の問い合わせや作業依頼にも基本的には対応せねばならず、結果として「夜遅くまでいる従業員」「休まない従業員」が「良い従業員」とされるのが“業界の常識”とされていました。
同社でも、狭いオフィスの中、徹夜で働いたり、社内で寝泊まりしている人がいたり、お昼の休憩時間に疲労のため自席に突っ伏して寝ている人がいたりする光景が見られていました。
住友商事出身で、2009年に合併前の住商情報システムの会長兼社長として着任し、SCSKの初代社長となった中井戸信英氏(当時)は、その状況を目の当たりにして、「この労働環境はありえない。インテリジェンスとはかけ離れている」と、強い危機感に駆られたそうです。
「従業員が疲弊していては、本来のクリエイティブな仕事ができない」と感じた中井戸氏は長時間労働が常態化していることに着目し、改革に乗り出します。誰もが働きやすさを感じられる職場づくりは、こうしてスタートを切りました。
1-2. 動き出したSCSKの「働き方改革」
SCSKでは2012年4月にフレックスタイム制を全社に適用、同年7月には裁量労働制が導入され、まずは柔軟な働き方ができる制度の整備が行われました。続いて、4~6月に特に残業の多かった32部署を洗い出し、7~9月の残業時間を4~6月の半分にする目標を立てました(=「残業半減運動」)。
これらの部署は、各部署で主体的に施策を計画し、取り組みを進めました。施策の例を挙げると、業務の見直しや負荷分散、ノー残業デーの推進、会議の効率化などです。結果として、32部署のうち約半数が目標をほぼ達成し、全社の平均残業時間も20時間強にまで削減されました。
ところが年度末(2013年3月)の繁忙期になると、残業時間は元に戻り、全社平均残業時間は施策実施前と変わらない30時間弱にまで増加しました。取り組みの効果が一時的でしかなかったことが証明されてしまったのです。
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2. ~失敗を繰り返さないために~
全社規模で動き出した「スマートワーク・チャレンジ」
一時的な効果にとどまった先の取り組みを踏まえ、SCSKが次に取り組んだのが「スマートワーク・チャレンジ」です。以下で詳しく紹介します。
2-1. 「スマートワーク・チャレンジ」でSCSKが目指したものは
2013年4月、「心身が健康で働きやすい職場作りに向けた意識改革と業務改善活動」を目的とした、「スマートワーク・チャレンジ20」(現スマートワーク・チャレンジ)という取り組みがスタートしました。活動名に冠された“20”という数字が示すように、以下の目標が設定されました。
●平均月間残業時間20時間以内を目指すこと
●年間20日給付される有給休暇を100%、つまり20日フル取得できるようにすること
また、「残業半減運動」の反省から「組織的な取り組みでないと、社員一人ひとりの意識は変わらないし、改善活動は実現しない」[2]と学んだSCSKでは、この取り組みの対象を、一部の部署のみでなく、全社・全部門まで広げて推進しました。
エントリーは事業部門ごとに行い、それぞれが目標達成のための施策の具体化および実施・運用に努めました。
2-2. 「スマートワーク・チャレンジ20」を支えた4つの施策
「スマートワーク・チャレンジ20」の推進に当たって、柱となった施策は4つありました。
(1)浮いた残業代を、全額従業員に還元
インセンティブとして、有給休暇や残業目標を達成した組織に特別ボーナスを支給(今は月給に含まれている)し、20時間分の残業代を固定支給しました。
これには、従業員に対して、目標達成に向けた企業の本気度を示し、「残業をすればするほど残業代が増える」という従来の仕組みから、「残業を減らしても給料は減らない」と発想の転換を促すことで、従業員の気持ちを目標達成へと向かわせるという狙いがありました。
(2)有給休暇が取りやすい環境づくり
いざ有給休暇の取得日数を増やそうとしても、これまで7割弱ほどしか取得していなかったものをいきなり増やすのはそれほど簡単ではありません。
有給休暇を全て使い切っても、病気などのときには休めるバックアップ休暇を5日間設定したり、飛び石連休の合間や土曜日が祝日の場合の月曜日などを全社一斉年休取得日や取得奨励日としたりすることで、有給休暇を取りやすい環境をつくっていきました。
(3)長時間労働の是正
管理職を含む全従業員が実勤務時間を正確に記録する制度を導入し、労働時間の把握と「モグリ残業」の撲滅に努めました。さらに、月80時間を超える残業には社長の承認が必要としました。
(4)業務品質の向上
残業の多くはトラブル対応によるものでした。そこで、業務自体のクオリティを向上させてトラブルを減らすため、開発プロセスを標準化したり、マネジメント層がトラブルを早期に把握し、対策を講じられる仕組みを整備したりしました。
取り組みの結果、2014年度には月平均残業時間は18時間16分となり、見事目標を達成することができました。有給休暇取得率も、97.8%まで上昇しました。
3. 成功要因1:トップによる強い旗振りが、“企業の本気”を社内外に伝えた
ここからは、「スマートワーク・チャレンジ」が功を奏し、長時間労働の是正に成功した要因をより深く探っていきたいと思います。成功要因の一つ目は、経営トップ自らの言動です。
3-1. 「利益が一時的に下がってもいい」トップの宣言に社内が変わり始めた
残業時間の削減を進めようとすると、こなせる仕事の量が減り利益の低減を招くのではないか、そんな懸念が社内で生じることがあります。SCSKの場合も、当初は「これまでの付加価値をお客さまに提供できるのか」という疑問の声が役員の中から出ていたといいます。
しかし、「従業員が心身の健康を保ち、仕事にやりがいを持ち、最高のパフォーマンスを発揮してこそ、お客さまの喜びと感動につながる最高のサービスを提供できる」という強い信念を持っていた中井戸社長(当時)は、「利益が一時的に下がってもいい」と、社内に宣言しました。
これにより、従業員たちに社長の本気が伝わり、また、安心感を持って労働時間の削減に取り組むことができたのです。
3-2. 取引先も巻き込んでいった、「社長からの手紙」
とはいえ、説得すべきは社内だけではありません。自社がいくら長時間労働の是正を進めようとしても、取引先の理解が得られず、現場の従業員たちが業務時間を短縮できない、ということがあります。
SCSKのような、顧客企業のオフィスに従業員が常駐することも多い企業ではなおさら、そのようなケースが多く見られます。
先に述べたようにSCSKでは2013年以降「一斉年休取得日」を設定し、従業員に休暇の取得を強く呼びかけています。これを実現すべく、年度初めに社長名でその旨を伝える手紙を作成し、役員らが取引先に出向いて「社長からの手紙」を手渡すようにしています。
取引先の理解の獲得に現場の従業員の手を煩わせないということも、トップによる強い旗振りの証でした。
(取引先に宛てられた「社長からの手紙」[3])
「従業員が家庭や生活を大事にして、健康に長く働ける会社を創りたい」というビジョンを、経営トップが一貫して掲げ、それを目に見える形で示し続けたこと、それこそがSCSKが「働き方改革」に成功した最大の要因と考えられます。
4. 成功要因2:部門主導の施策実行とそれを支えた制度と仕組み
成功要因の二つ目は、施策の発案や実行を部門主導とし、現場が本気で取り組めるよう制度・仕組みを整えたことです。以下で詳しく紹介します。
4-1. 部門に委ねられた施策の発案と実行
前述の通り、「スマートワーク・チャレンジ」の推進に当たっては、部門それぞれが目標達成のための施策の具体化および実施・運用に取り組み、部門ごとに評価されました。
というのも、部署によって仕事の中身は千差万別であり、具体的な残業削減の方法は各自で考えてもらうしかないという認識が企業にあったからでした。
部門ごとの施策はさまざまで、例えばある事業部門では“スマチャレ係長”という役割を設けました。毎週、くじ引きで決まった“スマチャレ係長”が、課長の判断を仰ぎつつ、疑似的にメンバー全員の労務管理を代行するのです。
その他にも、さまざまな施策が実行され効果を上げていきましたが、日常的な取り組みの多くは、会議の効率化など、短期的な成功に終わった「残業半減運動」と同じようなものだったといいます。
ではなぜ、「スマートワーク・チャレンジ」では、効果が続いたのでしょうか?それは、限られた部門だけでなく全社的に推進したということもありますが、部門ごとの取り組みを活性化・継続させるためのさまざまな仕組みを企業側が用意したことにありました。
4-2. 現場が本気になるための仕組み作りとは?
各部門の取り組みと並行して、企業としては、トップ以下全役員が集まる情報連絡会という会議の中で、役員が部門ごとの残業時間・有休取得の進捗状況を報告するようになりました。
また、その模様は新たに開設したポータルサイトで逐次全社に公開されました。進捗が思わしくない部門に対してトップから発せられる厳しいメッセージも含め、全てがタイムリーに伝わることで、全従業員が情報連絡会の様子に注視しながら本気で改善に取り組む流れが出来上がりました。
その他に、残業削減のアイデアを募るコンテスト「スマチャレ特別表彰」も創設されました。これによって、人事は各部門がどのような施策を通じて目標を達成したのかを把握できるようになりました。
さらに、寄せられたさまざまな施策アイデアをポータルサイトで紹介し、各部門がそれを見ながら自部門に合う残業削減施策を積極的に取り入れていくようになり、目標達成のための推進力の一つになっていきました。
5. 成功要因3:長時間労働の是正と同時に進められた「業務クオリティの向上」
成功要因の三つ目は、長時間労働の原因を的確に把握し、解決を図ったことです。SCSKでは当初から、問題案件こそが最も大きな長時間労働の原因と考えていました。
問題案件とは例えば、システム開発の第一歩である“要件定義”が曖昧で、プログラムの実装段階になって思わぬ工数が発生したり、要件定義まで戻ってやり直したり、というような案件です。
このような案件は、長時間労働の常態化だけでなく、企業に少なくない損失をももたらしていました(2013年当時、営業利益239億に対して、不採算案件に引き当てた金額は約12億円[4])。
問題案件を減らすため、開発現場におけるプロジェクト管理体制の確立や開発基準の整備を推進、また問題発生の危険があるプロジェクトを早めにあぶり出し、必要な対策を取りやすくするための体制も整備しました。
個々の従業員に対してはそれぞれの専門スキルや能力を見える化し、適切な人材育成や評価、またプロジェクトへの人材配置ができるように改善しました。
これら業務クオリティ向上の取り組みは書籍『SCSKのシゴト革命』(日経BP総研 イノベーションICT研究所 著)に詳しくまとめられています。より深く知りたい方は、そちらをご参照ください。
関連記事:タレントマネジメントとは 能力の見える化で適材適所への人材配置を
6. 終わりに~これからのSCSKが目指す「働き方改革」とは~
「スマートワーク・チャレンジ」の成功を受け、従業員の健康増進を図る「健康わくわくマイレージ制度」(2015年4月~)、多様な働き方を模索するための「どこでもWORK」(2016年~)と、働き方改革の取り組みを次々と導入し、今もSCSKは働き方改革のトップランナーとして走り続けています。
改革がスタートした2012年と比べ、従業員の満足度も格段に向上し、また人気の就職希望先としても名前が挙がるようになりました。
社員満足度の変化[5]
今後のSCSKが目指すもの、それは高い業務クオリティを誇り、性別・年齢・国籍を超えてすべての従業員が健康で生き生きと働ける企業、働きやすく、やりがいのある企業です。さらに、パートナー企業や同業他社だけでなく、業種を超えて日本全体の働き方改革を後押ししていけるような企業です。
ここで見てきたSCSKの軌跡は、働き方改革を始めようとしている企業、今まさに進めている企業にとって、示唆に富んだ事例ではないでしょうか。SCSKが働き方改革に成功した三つの成功要因を参考にし、ぜひ自社の取り組みに生かしていただければと思います。
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[1] 株式会社ワーク・ライフバランス「【プレスリリース】企業の働き方改革に関する実態調査(2022年)」https://work-life-b.co.jp/20230314_23414.html
[2] 『SCSKのシゴト革命』(日経BP総研 イノベーションICT研究所 著、1997年)P.16
[3] SCSK株式会社(2017)「SCSKにおける“働き方改革”スマートワーク・チャレンジの取り組みと成果」p.9
http://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/shigoto/it/pdf/seminar_03.pdf
(厚生労働省「IT業界の働き方・休み方の推進」Webサイト内事例紹介資料より)
[4] 『SCSKのシゴト革命』(既出)P.54.
[5] SCSK株式会社(2017)「SCSKにおける“働き方改革”スマートワーク・チャレンジの取り組みと成果」p.14
http://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/shigoto/it/pdf/seminar_03.pdf
(厚生労働省「IT業界の働き方・休み方の推進」Webサイト内事例紹介資料より)
参考資料)
・日経BP総研 イノベーションICT研究所(997)『SCSKのシゴト革命』日経BP社.
・SCSK「統合報告書2017」
https://www.scsk.jp/ir/library/report/index.html
・厚生労働省「IT業界の働き方・休み方推進」Webサイト内事例紹介資料より
http://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/shigoto/it/doc.html
・日本の人事部「HRアワード2015」受賞者インタビュー
「第67回SCSK株式会社 やるだけでなくやりきる仕組み “働き方改革”でIT業界の常識を覆すSCSKの『スマートワークチャレンジ』とは」(前・後編)
https://jinjibu.jp/article/detl/tonari/1346/
https://jinjibu.jp/article/detl/tonari/1347/
・プレジデントオンライン「SCSK「残業月18時間」に改善できた理由」
http://president.jp/articles/-/22245
・ITmediaエンタープライズ 「思い込みを捨てよ!! 非ITでも成果は出せる――「働き方改革」の実践者が語る大切なポイント」
www.itmedia.co.jp/enterprise/articles/1707/19/news048.html
・リクルートマネジメントソリューションズ「働き方改革とマネジメントの関係 SCSK 積極的にマネジャーの育成や登用をすすめるのはなぜか」
https://www.recruit-ms.co.jp/issue/case/0000000493/