働き方改革で重要なのは、従業員一人一人の意識改革です。多くの担当者が経験しているように、新しい制度やシステムを整えても、それが心理的な抵抗によってなかなか浸透しない、ということが少なくないからです。第1回、第2回では、なぜそのような拒否反応が出てしまうのか、心理学的な観点から解説してきました。
意識改革を進める際に障害となるもののひとつは、私たちの中にある「内集団/外集団バイアス」です。
これは第1回目でご紹介したように、自分が帰属している、あるいは自分と似ているもの同士からなる「内集団」をひいきし、それ以外の存在に批判的・差別的な言動をとることを言います。従来の働き方にこだわり、「働き方改革」を推進することを拒む人々の心理はここからきていることをご説明しました。
それならば、従来の内集団メンバーも、後から加わる外集団メンバーも一丸となって、より大きい「新しい内集団」を作ればいいのに、合理的に考え、意識を変えることは、なかなか容易ではありません。
前回は、どうして難しいのかをひも解くキーワードとして、意識の根底にある「共感」と「存在脅威管理理論」の2つの概念をご紹介しました。
相手の心を推し量る「共感」は社会生活をするうえで大変重要ですが、これが裏目に出てしまうと、内集団の現状維持を優先してしまうなど、改革を阻害しかねません。
一方の「存在脅威管理理論」は、いずれ死んで存在しなくなることへの恐怖を紛らわすため、集団内で忠誠を尽くし承認されることで自尊感情を高める行動をとる、というものですが、現状の自身の存在や地位を脅かすかもしれない「改革」を否定的に捉えてしまう要因となりえるのです。
シリーズ最終回となる今回は、こうした意識をどう改革していくのか、いよいよその具体的な施策について、大きく3つご紹介していきます。さらには、働き方改革のプロセスで役立つアイデアもいくつかご紹介しましょう。
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目次
1. 【施策1】「強み」の発揮による存在論的恐怖からの脱却
前回お伝えしたように、働き方改革による多様な人材の登用は、もともと組織にいた従来の内集団メンバーにとっては自らの地位や存在価値を脅かす、いわば存在論的恐怖と映りかねず、その恐怖が内集団/外集団バイアスを強める要因となります。
存在論的恐怖を人々の心から取り除くためには、彼らの自尊感情を高め、組織において自分はなくてはらなない存在だ、という確信を持てるよう、個々の「強み」を活かすことが有効です。
1-1. 「強み」という存在価値
これまで、自らの存在価値を高める最良の方法は、1つの組織に長く帰属し続け、組織が規定する規範やルールに従い、他の成員と同じように振る舞うことで組織に認められて一定の地位を得ることでした。しかし、終身雇用制が崩壊しつつある今、1つの組織にずっと居続けられる保障はもはやどこにもありません。社会環境が変化してこれまでの規範やルールが通用しなくなり、皆と同じように振る舞っていれば年功序列で一定レベルまでは昇進できる、といった時代は終わりました。
そうした中で組織における存在価値を高めるためには、一人ひとりが自分の「強み」、つまり能力やスキル、人格など「自分ならでは」の得意技を発揮して組織の成長に貢献することが、重要になってきます。
新たなメンバーや若手がずんずん昇進してきても、何ら脅威を感じない人は、「自分はちゃんと組織に貢献している」という自信のある人です。逆の見方をすれば、「自分はきちんと貢献できていないのでは」「自分のスキルはもう時代遅れなのでは」などと自信が揺らいでいるから、人間は余計に存在論的恐怖を感じるのです。ですから、そういう人たちにもう一度自信を持ってもらい、自尊感情を回復してもらうためには、彼らがどんな「強み」を持っているのかを明らかにすることが一番の近道です。
人間は、強みを発揮しているときが一番自信に満ち溢れ、自分らしく感じ、充実した気分を味わうことができます。生産性や仕事に対する満足度がアップするだけでなく、組織への帰属意識も高揚すると言われています。
単に組織に帰属することで自尊感情を高めるのは、「虎の威を借る」のと同じです。一方、「強み」の発揮による帰属意識の高揚は、自分は組織に貢献できている価値ある存在であり、この組織は自分が献身するに値する素晴らしい組織なのだ、という、自分と組織の両方に対する誇りを伴う、より望ましいものと言えます。
1-2. 強みの見つけ方
管理職研修で私がよく使う、「最高だった瞬間」というエクササイズがあります。これまでの仕事人生の中で「最高だった」瞬間を思い出し、
①いつ頃、どこで、どんな仕事に取り組んでいたのか
②そこで自分はどんな「強み」を発揮していたと思うか
を書き出してもらう、というものです。
最初は「俺のサラリーマン生活、最高なことなど何もなかった」などと謙遜してつぶやく方も、「どんなに小さなことでも、大昔のことでもいいから思い出してください」と促すと、何かしら書き出してくれます。書き終えた後、グループでそのストーリーをシェアし、その人がどんな強みを発揮していたのか指摘し合う時間になると、皆さんの表情がどんどん明るくなって対話が止まらなくなります。自分では気づかなかった強みを他者に教えてもらうことも少なくありません。
このように、誰もが必ず何かしらの強みを持っています。それを自他で認めることが、自分らしさ、自分のアイデンティティの確認につながり、自尊感情を高めることができます。
1-3. 強みを発揮する機会を作る
「強みを見つけること」は、働き方改革における定年延長や継続雇用施策を進める上でも、特に重要なヒントになります。
高年齢層の社員や役職定年を迎えた社員にどのように活躍してもらうか、いかにモチベーション高く働き続けてもらうか、を考える際に、その人に自分自身の強みを改めて棚卸してもらい、その強みを活かせる業務をアサインし、かつその強みと役回りについて部署のメンバー全員で共有するのです。そのように彼/彼女の貢献内容が明確になれば、自らの存在価値を実感することができ、たとえ自分の部下だった人の下で働くことになったとしても「存在論的恐怖」に惑わされなくなるはずです。
つまり、組織の中での「役割」が明確であれば、地位や肩書きで存在価値を主張する必要はないのです。そもそも地位や肩書きは「役割」を示す「印」に過ぎないわけですから。
自己のアイデンティティを、役職や肩書きではなく「強み」に求める、まさに「中身で勝負」というマインドセットに変えていくこと、それを組織全体で推進することが、多様な人材の潜在力を最大限生かす秘訣なのです。
ビジネス環境の変化のスピードが速すぎて、そこで通用する強みなどもうないのではないか、年齢とともに記憶力も処理能力も落ちる一方だし……と心配する必要はありません。
人間には、大きく分けて2つの知能があると言われています。
①「流動性知能」――情報を即座に処理したり新たな技術や環境に適応したり、新しいものを創り出したりする能力です。この能力は、たしかに若い頃のほうが高いといわれています。
②「結晶性知能」――過去から蓄積された経験や知識をうまく適用して判断したり問題解決したりする、こちらの能力は、少なくとも60代後半くらいまではずっと伸び続けるそうです。俗にいう「おばあちゃんの知恵袋」というものです。
時代が変わっても、歳をとっても、世の中の役に立てる「強み」を、私たちは必ず持っているのです。
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2. 【施策2】複数の集団に所属することで対立をやわらげる
存在論的恐怖と並び、「内集団/外集団バイアス」の元となるのが、人間が持つ貴重な能力である共感力を誤って発揮してしまうことです。この点については、共感力を発揮する対象となる「集団」について工夫することが、1つの処方箋になります。
「共感力」について詳しくは、以下の記事をご参照ください。
2-1. 3チーム制による対立回避
「内集団/外集団バイアス」は、ずっと同じ集団に所属して、同じ人たちとだけ接しているために、メンバーが同質化して価値観が固定化するために起こります。別の集団の人を「自分と似ていない」と見なして、「内」と「外」という二軸対立の中で捉えてしまうところから発生するのです。
であれば、それをなくす一番簡単な方法は、二軸対立を作らない、つまりチームを分けるときに2つではなく3つにすることです。
例えば、働き方改革の一環として子育て支援策を考えるためにタスクフォース(TF)を組むケースを考えてみましょう。
子どものいる社員を集めてTFを立ち上げるアプローチが一般的ですが、それだとTFメンバーに入らなかった社員たちとTFとの「二軸対立」が生じてしまいます。子どものいる社員の声を汲み上げることはもちろん、産休・育休や子育て中の時短勤務のしわ寄せを一手に引き受ける、それ以外の社員の声に耳を傾けることも、非常に重要です。ただ、だからといって、子どもあり社員TFと子どもなし社員TFだと、かえって二軸対立が先鋭化します。
そこで、あえてTFを3つ作ってみてはいかがでしょうか。例えば、定常的業務が主で月末・期末など決まった時期に業務量が増える経理部門、外回りでオフィスにいることが少なく急なお客様対応なども多い営業部門、定常的業務と不定期・不規則なプロジェクト業務が混在する本社企画部門、というふうに、3つに分けるのです。
一口に子どものいる社員の支援といっても、業務の内容や繁閑の特徴によって、必要なサポートのあり方は異なるはずです。3チームにすることで、二軸対立の構図を避けながら、より実情に即した意見が出やすくなり、より効果的な支援策を検討できるでしょう。3チームにすると、2チームよりも区分けが複数なのでチーム間の境界線が曖昧になります。そのため全体を括る大きな丸を描きやすく、全社的な協力体制、というマインドセットを持つことが容易になります。
2-2. 複数の集団に所属する
「内」と「外」という二軸対立をなくすには、2つ以上の集団に同時に所属させることも有効です。即効性はありませんが、社員の価値観を柔軟にする、より根本的な処方箋として、企業の継続的成長に資するものです。
例えば、働き方改革における長時間労働是正や、より柔軟な働き方の導入が、なかなかうまく行かないという会社は少なくないと思います。ところが、私が長年働いていたソニーでは、働き方改革が始まるはるか前から、フレックス制度や裁量労働制が導入されていました。少なくとも私が所属していた海外マーケティング部門では、とてもスムーズに新制度が定着したと記憶しています。ノー残業デーや有給休暇消化も奨励され、有休取得率は、今の日本企業の平均よりずっと高かったと思います。
その理由の一つとして考えられるのは、部署の管理職のほとんどが欧米赴任経験者だったことです。
私自身も26歳でカナダに赴任しましたが、当時からワーク・ライフ・バランスが重視され、現地社員は基本的にはノー残業。有休は病気のためではなく遊びのために取得するものという考え方でした。赴任者は、ワーカホリックな日本の事業部とのんびりした現地との板挟みに苦労しながらも、サマータイムは定時で仕事を切り上げてゴルフをしたり、クリスマス休暇と日本の年末年始休暇を組み合わせてロングバケーションを楽しんだりしていました。
つまり、海外赴任者は、赴任元の日本の事業部と赴任先の海外販売会社という両方の組織に属していたため、異なる価値観を同時に体感し、どちらかに偏り過ぎることなく柔軟に対処する訓練ができていたのです。
「内集団/外集団バイアス」の温床となるのは、周りの人たちとの同質化や、そこで固定化されてしまう価値観です。そのことに気づき、それらの囚われから解放されるには、一定期間、社会環境の異なる海外で仕事をしてみるのが一番です。
といっても、働き方改革推進のために全社員を海外赴任させるわけにもいきませんし、赴任させる海外拠点を持たない会社も数多くあります。現実的には、A事業部に所属しながら、事業部横断のBプロジェクトのメンバーになるなど、社内で2つ以上のチームに属する仕組みを組織運営の中に組み込んでおくとよいでしょう。同じ会社といいながら、部門が違うだけで、意外にものの考え方や業務の進め方が異なるものです。常に部外者の新鮮な目に晒すことは、形骸化をなくし、柔軟に変化していく助けになると思います。
複数の組織に同時に所属することは、バイアスの生成防止に役立つだけではありません。
1つの組織だけに所属していると、そこでの人間関係がうまくいかなかったり業務上で失敗したりしたら、そこから排除されて居場所がなくなってしまうのではないか、という存在論的恐怖が必然的に高くなります。排除されるのを恐れ、パワハラをする上司にも逆らわない、失敗しないことばかり考えて新しいチャレンジをしない、といった消極的態度が醸成されがちです。複数のチームに属していれば、たとえ片方から排除されても、もう一つのチームに活路を見出そう、と開き直ることもできます。正しくないことにはノーと言ったり、リスクの高い新企画を思い切って提案したりする勇気ある行動は、必ず組織の活性化につながります。
【コラム】
余談になりますが、複数の組織に同時に所属することは、子どものいじめ対策としても功を奏するようです。
ある勉強会で、小中学校でいじめられた経験のある人がどうやってそれを乗り切ったかについて話し合ったとき、異口同音に出たのが、「学校以外の『居場所』を見つけた」というコメントでした。
地元のスポーツチームだったり、塾だったり、あるいは習い事だったり、いじめっ子のいるクラスの外に、自分を受け入れてくれる「居場所」があることが心の支えになったというのです。
話し合いの中で、今の学校でどうしてもいじめから逃れられない場合、別の学校に転校できる公的な制度があれば、子どもたちの気持ちももっと楽になるのではないか、という意見も出ました。
3. 【施策3】目的を共有してより大きな「内集団」をつくる
「内集団/外集団バイアス」解消のための3つ目の処方箋は、社会的意義のある高次の目的を明確に設定して、社員全員で共有することです。
3-1. 共通の目的を明確化し、共有する
集団形成に欠かせない共感力は、もともと血縁者や同胞、同民族など、同質性の高い「自分と似ている」人たちに対して、最も適切に発揮されます。しかし働き方改革によって「自分と似ていない」メンバーとも協力し合う必要があるなら、異質なメンバー同士が「それを目指して共に頑張ろう」と思えるような、具体的な目的を明確にし、共有することが不可欠です。
本シリーズ第一弾の中で、サマーキャンプに参加した同じ中学校の生徒を、ランダムに2チームに分けてゲームをやらせるだけで「外集団バイアス」が生じた、という実験についてご紹介しました。
実は、この実験には続きがあります。勝ち負けのゲームではなく、ぬかるみにはまったトラックを動かすといった、2チームのメンバー全員が力を合わせなければ解決できない課題を与えたところ、その協力過程を通じてチーム間の敵対感情が減り、友好関係が構築されたのです。
チーム横断的な共通の目的を明確に掲げ、協力せざるを得ない状況を作り出すことが、「外集団バイアス」を解消し、より大きな「新しい内集団」として団結力ある強い組織を作ることにつながるのです。
ここで重要なのは、その共通の目的を「明確に」して、徹底的に「共有」することです。
本シリーズ第二弾では、共感力が裏目に出る例として「目的をはき違える」ことを挙げました。人間の本能の中には、原始時代から脈々と受け継がれた「集団として生き残る」という目的がインプリントされています。
これを上書きするには、会社組織としての目的を、できるだけわかりやすく明確な言葉で表現し、それを何度も何度も繰り返すしかありません。ことあるごとに、その目的をリマインドして、社員全員に腹落ちさせることが大切です。
3-2. 目的と目標の違いをわきまえる
さらに留意すべき点は、「目的」を「目標」と混同せず、「目的」の中身を適切に設定することです。
例えば、働き方改革における「有休消化率70%」や「女性管理職比率30%」は「目標」です。通常、数値で示される目標は、明確でわかりやすく、達成しようという動機付けも高くなります。しかし、目標は、「何のためにそれを達成しなければならないのか」という理由を説明してはくれません。
組織の絆となる「目的」とは、単なる目標ではなく、社員の「自分は何のためにこの会社で働いているのか」「何のためにこの業務を担当しているのか」という問いに対する答えとなるもの、社員一人一人がそれに意味や価値を見出し、心から賛同して、それを実現するために頑張ろう、と思えるものです。
特に最近の若者世代は、より高い給料や地位よりも、社会的な意義のある仕事に従事したい、という思いが強くなってきています。バブル期を経験した40歳代後半以上の世代も、右肩上がりの時代を懐かしみつつも、あれが個々人の幸せを保証するものではなかったことを心のどこかで認識しているはずです。
そうした人たちに対して、いかに有意義な目的を会社として提示できるか。
その目的と、働き方改革の諸施策・諸目標を、いかに有機的に結びつけることができるか。
ここが、働き方改革を推進する皆さんの、腕の見せ所ではないでしょうか。
4. 意識改革のヒント
ここまで、働き方改革に必要な具体的施策を3つご紹介しました。これらに関連して、社員の意識を変えるためのちょっとしたヒントをいくつかお伝えしましょう。
4-1. 脳の自動運転モードをオフにし、意識させる
本シリーズ第二弾でお伝えしたように、脳は、エネルギー節約のために、習慣的な行為やものの考え方には疑問を持たず、条件反射的に処理する「自動運転モード」という戦略をとります。しかし、激しい環境変化の中で働くとき、自動運転モードはマイナスに働くことが大きくなっています。
働き方改革は、まさに環境変化に適応するための取り組みですから、これを推進する上で、いかに社員を自動運転モードから脱却させるかが、重要なポイントとなります。
自動運転モードのスイッチは、無意識のうちにオンになります。従って、スイッチをオフにする唯一の方法は、本人が「意識すること」。働き方改革を推進する側から言えば、自動運転モードで走行していると思われる人に、それを「意識させること」です。
例えば、付き合い残業が当たり前になっているような部署の人たちに、「なぜ残業がなくらないのでしょうか?」と問いかけてみましょう。問いかけられれば、一瞬立ち止まって「どうして自分はそうしていたのだろう?」と自問自答します。その時点で、無意識から意識への切り替えが始まります。そこからさらに問いかけを重ね、果たしてその残業は本当に必要なのか、もっと効率化できないのか、効率アップには何が必要なのか、を自分たちで考えてもらうことが、具体的な改革につながっていきます。
4-2. 他者と接する機会を設ける
自分たちと違う考え方の人たちと接触する機会を設けることも、色々な意味で効果があります。
例えば、「自分にとって仕事とは」といったテーマで異世代同士が語り合うワークショップを設ければ、改めて自分自身の仕事観を「意識する」と同時に、それとは異なる他者の考え方を知ることができます。相手の考え方がわかれば、たとえそれに賛同できなくても、「何を考えているんだかわからない」という漠然とした不信感がなくなって相互理解が進み、外集団バイアスの解消にも役立つかもしれません。いろいろと話してみれば、お互い何かしら「似ている」点を見出すことができるはずです。
但し、直接接触することで相互理解の効果が得られるのは、お互いが対等な立場で接する場合であることに留意してください。
例えば、20人の管理職と10人の若手社員といった設定では、若手の意見はどうしてもマイノリティーと受け取られ、接触効果は弱まります。また、「自分と似ていない」人たち同士の理解促進の場を設ける際には、集団同士ではなく、周りの目を気にせず本音を出しやすい少人数で、しかも二軸対立を生じにくくする配慮が必要です。管理職と中堅と若手、管理職と男性部下と女性部下、といった3人組でグループワークをしてみてはいかがでしょうか。
4-3. 手続き的公正を追求する
働き方改革の推進にあたり、もう一つ重要なのは、社員を施策設計プロセスに巻き込むことです。
例えば、同一労働同一賃金や脱時間給、成果による評価制度といった施策は、「言うは易し行うは難し」で、社員全員が納得できるよう完璧に公正を期すことは至難の業です。しかし、制度構築のプロセスに社員を巻き込むことで、不公平感をかなり抑えることが可能なのです。
従業員が、業績評価の公正さを判断する際は、実際に支給される金額よりも評価過程のほうを重視する、という研究結果もあります。報酬の決定方法が公正であれば、結果的な報酬金額そのものがどうであれ、従業員の満足度は高くなるというのです。これを「手続き的公正」(Procedural justice)と言います。
従って、制度を設計する際は、制度の中身はもとより、社員を巻き込んで「手続き的公正」を追求することを心がけましょう。設計途上の節目で社員との意見交換の場を設け、制度の目的や必要性、具体的内容を説明するのです。仮に自分の意見が採用されなくても、意思決定者が自分の意見を聞いてくれた、というだけで、社員の満足度はぐっと向上します。
働き方改革のプロセスにおける「手続き的公正」の追求は、社員らに改革の目的を腹落ちさせ、改革を「自分事」と捉えてもらう、つまりより「意識させる」ためにも、役立ちます。
5. まとめ
働き方改革推進のための意識改革について、具体策をご紹介しました。
一つ目は、新しいメンバーが職場に参入してくることで存在論的恐怖を抱く人々が自尊感情を高め、組織における自分の存在価値を確信できるよう、一人一人の「強み」を見つけ、それを発揮させる機会を設けることです。
二つ目は、「内集団/外集団バイアス」の生成を防ぐため、集団の在り方を工夫することです。二軸対立の構図をできるだけ避けるべく、改革検討分科会は2チームではなく、3チームにする。日頃から複数の組織に所属する仕組みを組み込み、様々な価値観を受け入れる柔軟性を社員に育んでもらう、といった施策が考えられます。
三つ目に、「自分と似ていない」メンバー同士が「それを目指して共に頑張ろう」と思えるような、具体的な目的を明確にし、共有することが不可欠です。
意識改革を進める上での、ヒントも3つご紹介しました。
① 時代の要請に合わなくなった行動や思考の自動運転モードに陥っていたことに気づいてもらうため、その行動について質問し、「意識してもらう」。
② 自らを改めて意識したり、「似ていない」人との相互理解を深めたり類似点を見出すために、他者と接する機会を様々な場面で設ける。
③ 施策設計プロセスに積極的に社員を巻き込むことで、手続き的公正を追求する。
働き方改革は、単なる「働き方」の改善ではなく、私たち働く人たち全員が、より自分らしく働くこと、持てる潜在力を最大限発揮して成長し続け、企業や日本の成長により積極的に貢献するための、意義ある取り組みです。
それを一過性のものとせず、社員一人一人が腹落ちして行動に結びつけられるようにするには、まず社員の意識をいかにうまく変えていくかに目を向けることが大切です。社員のこころに寄り添い、改革に対する漠然とした不安や抵抗感をやわらげ、前向きに改革に取り組んでいこうという意欲を掻き立てるためには、社員の意識改革を行うことから始めなくてはならないのです。
改革を推進する皆さんにとって、本シリーズが何らかのヒントになれば幸いです。
参考文献)
・ 「きずなと思いやりが日本をダメにする」 山岸俊男・長谷川眞理子 集英社インターナショナル 2016年
・ 「脳と心のしくみ」池谷裕二編 新星出版社 2016年
・ 「心理学辞典」 中島義明 他 有斐閣 2004年
・ 「心理学」 無藤隆 他 有斐閣 2004年
・ 「紛争解決の社会心理学 現代応用社会心理学講座」 大淵憲一編著 ナカニシヤ出版 1997年
・ Lavy, S., & Littman-Ovadia, H. (2017). My Better Self: Using Strengths at Work and Work Productivity, Organizational Citizenship Behavior, and Satisfaction. Journal of Career Development. Volume 44 Issue 2, April 2017